- ワインの産地編
ボジョレー ヌーヴォーと世界の新酒
2023年11月
(写真)ボジョレー ヌーヴォーの収穫の風景
北半球のワイン生産国の人々にとって、11月は新酒の季節です。この秋に収穫されたぶどうたちがワインとなり、この時期にしか味わえないフレッシュさと、その年の天候がワインに与えた味わいを伝えてくれる時期。現在の様に、ワインの発酵や貯蔵の技術や知識が進歩するまで、殆どのワインは出来立てが最もフレッシュで果実味に溢れて美味しく感じられ、時間が経つにつれてワインは酸化して茶色く変化し、果実味を失っていったものと想像されます。そんなワインを飲んでいるところに登場する瑞々しい新酒の美味しさはきっと素晴らしいものだったんだろうなと思います。
【色々な新酒の産地】
ボジョレー・ヌーヴォー…新酒の代名詞とも言えるワインです。解禁日は11月の第三木曜日。フレッシュで軽快な赤の新酒がメインですが、少量のロゼのヌーヴォーもあります。ボジョレーはフランスの地方の名前で、地方全域から生産されるボジョレー ヌーヴォーと、ボジョレー地方北部の38の村で収穫されたぶどうのみを原料とした格上のボジョレー・ヴィラージュ ヌーヴォーが生産されています。
その他のフランスの新酒…フランスでは新酒はヌーヴォー(Nouveau)もしくはプリムール(Primeur)と呼ばれ、フランス全域で生産されています(どちらの呼び名も使用可能です)。例えば、よくボジョレー ヌーヴォーと一緒に販売されている白のマコン ヌーヴォーは、ボジョレーの北隣のマコネ地区で生産される新酒ですし、ロワールや南西地方、ラングドックなどの南仏でも広く新酒は生産されています。その他のエリアの新酒でもフランスワインの最高の格付けであるAOC産地の場合、解禁日はボジョレーと同じ11月の第三木曜日です。AOCよりもカジュアルなワインであるIGPを名乗る新酒の解禁日はAOCよりも1ヶ月早く10月の第三木曜日となります。
イタリアの新酒…イタリアでは新酒はノヴェッロ(Novello)と呼ばれています。イタリアの解禁日は格付けに関わらず10月30日の0時1分と、ヨーロッパの新酒たちの中で最も早く解禁を迎えます。
ドイツの新酒…ドイツでは新酒はデア・ノイエ(Der Neue)と呼ばれています。解禁日は11月1日です。ドイツの新酒文化として特筆したいところは、完成した新酒ではなく、発酵途中のぶどうジュースとワインの中間の様な飲み物フェーダーヴァイサー(Federweißer)を飲む習慣がある事です。酵母によって濁りがあり発泡したアルコール低めの液体(とは言え、発酵中なので日々アルコールは上昇し、甘さは減っていく)で、秋にはワイン産地のあちこちでフェーダーヴァイサーを楽しむお祭りがあったり、屋台が出たりするそうですよ!
オーストリアの新酒…オーストリアでは新酒はホイリゲ(Heurige)と呼ばれます。解禁日は11月11日。この国は新酒を尊ぶ文化圏で、農家が自家葡萄でワインをつくり、その軒先で自家製の料理と一緒に飲ませるという素晴らしいシステムが根付いています。そんな農家レストランの事もホイリゲと呼ぶところに、オーストリアの新酒文化人気が伺えますね。農家レストランのホイリゲでは、その年の新酒が出来ると杉や松などの針葉樹の束を吊るして、新酒の完成を知らせるという風習もあります。日本の酒蔵の杉玉の様で面白いですね。
日本の新酒…日本では公的に定められている新酒の解禁日はありません。早摘みのデラウェアなどの中には7月に発売されるものもあります!山梨県が例外的に新酒についての規定を定めており、「山梨ヌーボー」の名前を付けています。山梨ヌーボーの解禁日は11月3日の文化の日。山梨県産の甲州もしくはマスカット・ベーリーAを100%使用したもののみが、山梨ヌーボーを名乗る事が出来ます。という事で、山梨県産でもその他の品種の新酒は特に解禁日は設けられていません。
【ボジョレー ヌーヴォーのぶどう品種】
写真:ガメ
新酒は世界各国で生産されているため、ぶどう品種も色々なものが使われています。そこでここでは最も有名なボジョレー ヌーヴォーのぶどう品種についてのみお話したいと思います。
ガメ(Gamay)
ボジョレー ヌーヴォーはガメ種からつくられます。ガメは粒は比較的大きめで、皮は薄めの黒ぶどうです。種・皮に対して、果汁の量が多くなりがちなぶどうなので、ワインの色調もあまり濃厚ではなく、明るい感じになります。香りや味わいの特徴は、いちごやラズベリーなどのフレッシュな赤いベリーを連想させる果実の香りに、小さな赤い花やいちごキャンディーなどのタッチ。柔らかくてフレッシュな果実味と、イキイキした酸味など、軽やかな味わいを代表するぶどうです。 タンニンも少なめでフルーティー。果実をそのままほおばるようなチャーミングな味わいです。これは、長期熟成型のフルボディのワイン用のぶどうとしてはあまり良い特徴ではないかもしれませんが、果実味を楽しむタイプの新酒の原料としては最適の特徴です。ボジョレー地区で生産されているワインの実に1/3が新酒として販売されているという事実は、ガメというぶどうの特性が大きなポイントな事は間違いありません。ただ、ボジョレーにはヌーヴォーではなく、翌年以降にリリースされる通常のワインたちもあります。これらはぶどうの栽培地によって地区全域からのぶどうが使えるボジョレー、北部38の村のぶどうのみに限定されるボジョレー・ヴィラージュ、そして最良の条件を備えた10の村のぶどうからつくられ、フルーリー、モルゴン、ムーラン・ナ・ヴァンなどのそれぞれの村の名前を名乗るクリュ・ボジョレーとクラス分けされます。良いクリュ・ボジョレーには30年以上も熟成して良くなるものもありますので、ガメは早く飲んで美味しいワインをつくれるぶどうですが、早く飲まないとダメという事でもありません。ヌーヴォー以外のボジョレーについては、こちらの記事も読んでみて下さい。
【新酒のワインづくり】
写真:(左)ヌーヴォーを発酵させているタンク (右)ぶどうの選果の様子
新酒にとって大切なのは果実のフレッシュさを失わない事。そしてもう一つ大切な点は、つくってすぐに飲まれる事を前提としてつくられるワインなので、つくってすにぐ美味しい事です。「熟成のポテンシャルがある」とか「タンニンがまろやかになるのを待つ」などの言葉は新酒には使われません。ワインの熟成ポテンシャルを引き上げる成分は、酸味、タンニン、アルコール、糖分などですが、これらは多すぎると酸っぱすぎたり、渋すぎたり、強すぎたり、甘すぎたりするわけです。それらは時間と共にワインと馴染んで複雑さを増しますので、長く置いてから飲まれるワインにはもちろん必要ですが、新酒にはそれほど必要ありません。
ぶどうからそれらの成分を減らすために赤ワインの場合だと、果汁に果皮と種子を漬け込む(マセレーション)期間を短くするという手が一つあります。新酒は収穫から発売までの間が通常のワインよりも短くなるので、その点でもこれはある意味必然の手となります。他に良く新酒に使用される醸造方法としてはマセラシオン・カルボニック(カーボニック・マセレーション=炭酸ガス浸漬法)と呼ばれる技法があります。これはぶどうを潰さずに炭酸ガスと一緒に発酵容器内に置いておく事で、ぶどう内部の酵素反応を起こす方法で、その結果として特有のフレッシュなぶどうやバナナを連想させる香りや鮮やかな色調が取り出されます。この技法が新酒に向いている理由としては、酵素反応が起こった時点で果皮と種子を取り除き、その後は果汁のみをアルコール発酵させるために、タンニン量が通常よりも低くなり若くから飲みやすいワインになるという事があります。ボジョレー ヌーヴォーもマセラシオン・カルボニックでつくられる事が多いです。
上で述べた通りすぐに飲む事を想定してつくられているワインなので、新酒はやはり翌年の春くらいまでに飲むのが新酒らしい味わいがよく味わえると思います。
【新酒におすすめの食べ物】
新酒はフレッシュで軽やかな味わいのものが多いので、あまりどっしりとした煮込みなどの料理よりも、素材を活かしたストレートな料理の方が相性が良いと思います。ここではローストチキンとポークリエットという、いわゆるホワイトミートをシンプルに調理した2品をご紹介していますが、まさにこのあたりの料理が新酒のど真ん中だと思います。他に相性が良いものとしては、ハムやサラミなどのいわゆるシャルキュトリとチーズやパンの盛り合わせ、旬の根菜やキノコを塩やオリーブオイルでシンプルに味付けしたオーブン焼き、焼き目をしっかりつけた魚介類のローストなどなど。素材をシンプルに頂き、ワインもシンプルに出来立ての果実感を楽しむ。そんな感じが新酒には向いているように思います。
【代表的な1本】
ボジョレー ヌーヴォー 2023 (ジョルジュ デュブッフ)
弾けるような摘みたての色取り取りのベリー類の風味を最大限楽しめるのがボジョレー ヌーヴォーの最大の魅力です。キラキラと輝く美しいルビー色は、出来立て故に紫の色素を多く含み、白い紙の上にこぼした液色を乾いてから見ると、青に見えるくらいです。そのフレッシュさ、鮮やかさを最大限に楽しむために、少し冷やしめ(12~14℃くらい)で飲んで頂くと、フレッシュな果実味と軽快な酸味を最大限楽しめると思います。渋さは少ないので、冷やしてもそれ程目立ちません。ボジョレー ヌーヴォー以外の新酒も赤でも少し冷やしめが楽しめると思います。