- ワインの産地編
多くの可能性を秘めた、新しい冷涼産地
2021年10月
(写真)ぶどう畑から望む津軽のシンボル岩木山
日本ワインがブームと言われ出してから、もう随分と経ちます。日本でワイナリーが増加し始めたのは2000年頃から。2010年を過ぎた頃から増加のペースが上がってきて、2020年末にはとうとう日本のワイナリー数は400軒に達しました。2000年末の数字が156軒でしたから、この20年間でなんと2.5倍以上になったという事ですね。ワイナリーが出来るエリアも多岐にわたっていて、古くからのワイン産地として知られる山梨、長野、北海道、山形の4大産地だけでなく、日本中でワイナリーやワイン用のぶどう栽培が始まっています。日本の47都道府県の中で、2021年時点でワイナリーが無いのは奈良県と佐賀県だけになりました。奈良県でも既にワイナリー設立を前提としたぶどう栽培が始まっていますので、日本全国全ての都道府県でワインが生産される日も遠くなさそうですね。
と言う事で、日本中で次々と新しいワイン産地が誕生している近年ですが、その中で今回取り上げるのは青森県です。この県のワインが注目を集め始めたのは2015年頃から。日本ワイン(=日本産ぶどう100%から生産されるワイン)だけを対象にした唯一のコンクールである「日本ワインコンクール 2015」で、「サントリージャパンプレミアム 津軽シャルドネ 2013」が青森県産のワインとして初の金賞受賞。翌年には下北半島のピノ・ノワールからつくられる「下北ワイン Ryo Classic 2014」がピノ・ノワールのワインとしては日本で初めての金賞受賞、そして津軽地方のソーヴィニヨン・ブランからつくられる「サントリージャパンプレミアム 津軽ソーヴィニヨン・ブラン 2015」も金賞受賞と赤白ダブル受賞となりました。ジャパンプレミアムの津軽ソーヴィニヨン・ブランは、その後2017年と2018年の日本ワインコンクールでも金賞を受賞し、3ヴィンテージ連続、3年連続の金賞受賞という快挙を達成しています。
そして2020年9月、津軽のワイン産地としての可能性を信じて、サントリーは弘前市、つがる弘前農協とワイン用ぶどうの生産拡大に関する三者協定を結びました。内容は10年でワイン用ぶどうの栽培面積と生産量を5倍にし、世界品質のワインを目指すというものです。津軽産ワインの今後の飛躍に是非ご期待頂きたいと思います。
【津軽の風土】
津軽は本州の北端にあたります。当然日本の中でも冷涼な地域で、ぶどう生育期間の平均気温は16.9℃、有効積算温度は1,549℃と世界の銘醸地と比較すると、フランスのブルゴーニュ地方やロワール川上流部と比較的似た温度帯です。生育期間の平均雨量も677mmと日本では北海道に次ぐ雨の少なさ。さらに、土壌も岩木山の噴火によって放出された火山灰が堆積したもので、とても水捌けが良いのも特徴です。つまり、冷涼で水分ストレスがかかりやすい気候と土壌という事で、こう言った条件は、元々が涼しくて乾燥したヨーロッパで繁栄してきたシャルドネやピノ・ノワールなどのワイン用のぶどう品種にとって好ましいものです。北海道や長野の高原に行くと明らかに空気や植生が違う事が感じられますが、青森の空気感もまた独特です。青森という名前の通り、木々の緑の色が青みを帯びた深い色合いで、遠くから見ると森が本当に青く見える事に、初めて青森県に行った時に驚いた事を覚えています。
殆どの方が青森県の果実と言うと「りんご」を連想されると思います。特に、今回サントリーとワイン用ぶどうの協定を結んだ弘前市は日本一のりんごの産地で、りんごが果樹全体のなんと95%を占めています。ヨーロッパでもリンゴとワイン用ぶどうの両方で有名な産地は幾つかありますが、それらは殆どがワイン用ぶどうの産地としては最も冷涼なエリアに位置します。それは、りんごの生育に適した平均気温(6~14℃)がワイン用ぶどう(10~16℃)よりもやや低めのためです。という事は、地球の温暖化の進行スピードを考えると、現在のりんごの名産地は気温的にはワイン用ぶどうの名産地になれる可能性を秘めていると言えるのではないでしょうか。また、りんごが95%を占めるという事は、これまでは条件の良い土地の殆どにりんごが植えられていたという事でもあります。今後、色々な場所にワイン用ぶどうが植えられる事になれば、新たな可能性が広がる事も期待出来ます。そういえば、現在、最も注目を集める日本ワインの産地の一つである北海道の余市町も、少し前まではりんごの産地として人々に認識されていたのでした。そう思うと夢が広がります。
【主要なぶどう品種】
サントリーでは、津軽の3つのぶどう品種からワインを生産しています。
写真(左)ソーヴィニヨン・ブラン (右)ピノ・ノワール
[ソーヴィニヨン・ブラン]
現在のところ、このエリアで最も成功しているのがソーヴィニヨン・ブラン。冒頭でも書いた通り、日本ワインコンクールで2015~2017ヴィンテージが3年連続で金賞を受賞しています。一番の特長は爽やかな柑橘系の香りとディルを連想させる甘いハーブ感が綺麗に一体化した華やかな香り。パッと香りを嗅いだだけで「ソーヴィニヨン・ブラン!」とハッキリとわかるイキイキとしたアロマティックさが魅力のワインとなります。りんご産地ならではと言うべきか、青りんごのアロマが感じられるのも面白いところです。サントリーとこの地方の農家さんたちとのつながりは古く、1980年代からの長いお付き合いです。ソーヴィニヨン・ブランには樹齢30年を超えるものもあり、これもワインの高品質に一役買っているかも知れません。
[シャルドネ]
2015年の日本ワインコンクールで青森県のワインとして初めて金賞を受賞したのが、津軽のシャルドネでした。スタイルはあえて樽を使わず、ステンレスタンク+シュール・リー製法で素材の味わいを素直に出すタイプ。しかし、実は2017年ヴィンテージを最後に、2018年~2020年の津軽産のシャルドネは発売されていません。ぶどうは収穫されているのに、製品として発売されていないのはどうしてなのでしょうか?実は2018年以降のシャルドネは、冷涼な気候を活かして、伝統方式でつくる本格スパークリングワインとして仕込まれています。この製法で生まれる独特のブリオッシュやトーストを思わせる風味は、二次発酵後にオリと一緒にある程度長期間熟成させないと出て来ません。という事で、津軽のシャルドネのスパークリングワインは現在セラーで熟成中です。発売はまだ未定ですが、登場を楽しみにお待ち頂ければと思います。
[ピノ・ノワール]
ピノ・ノワールは世界中の多くの生産者が憧れる偉大な高貴品種ですが、栽培が難しい事でも良く知られています。青森でも30年以上試行錯誤が続いて来ました。当初は赤ワイン用を想定して栽培されていましたが、なかなか思う様な着色が得られず、色付きの良いぶどうを赤ワイン用に、色付きのあまり良くなかったぶどうはそのまま圧搾して白仕込み(ブラン・ド・ノワール)に、と言う様な時期もありました。そして2017年からはこちらも伝統製法の本格スパークリングワインとして仕込まれています。こちらは今秋、「津軽スパークリング ピノ・ノワール ロゼ 2017」として発売されます。まだチャレンジの段階で数量が少なく、一般の市場には出回りませんが、弘前市のふるさと納税の返礼品として登場予定との事です。興味のある方はチェックしてみて下さい。
【津軽のワインの味わい特長】
写真(左)りんご畑と岩木山(右)栽培農家の太田さん(左)と木村さん
津軽産のソーヴィニヨン・ブランの魅力は冷涼な気候から来る爽やかな酸味と、日本らしいしっとりとした柔らかさのある繊細な果実味と思います。代表的なソーヴィニヨン・ブランの3つのスタイルである①ニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランが持つ鮮やかな香りやキレ味、②サンセールなどのロワールのワインが持つ引き締まったタイトなミネラル感、③ボルドーの白ワインのリッチでまろやかなコク、のどれとも異なる、華やかな香りだけど、鮮烈すぎないやわらかな味わいの独特の個性が津軽のソーヴィニヨン・ブランにはあるように思います。
また、周囲をグルリとりんご畑に取り囲まれたりんご産地ならではなのか、青りんごの風味が出るのも津軽の特長の一つ。現在はシャルドネとピノ・ノワールのスティルワインはリリースされていませんが、以前の味わいの記憶を辿ると、シャルドネには黄色いりんごの、ピノ・ノワールには赤いりんごの風味がハッキリと出ていました。これも津軽の土地の味の一つと言えるのではないでしょうか。
【津軽ソーヴィニヨン・ブランのおすすめ料理】
そんな津軽のソーヴィニヨン・ブランに合わせたいのは、例にも挙げた白身魚やフレッシュチーズなど、淡泊ながらもジワッと来る旨味を持つ食材たち。津軽のワインならではの繊細な風味と合わさる事で、味わいに心地よい膨らみが出て来ます。当然ハーブとも相性が良いので、上記の素材や豆腐などに、木の芽や大葉などの日本のハーブを加えてみるのも良いかと思います。特に春から夏にかけては爽やかさが際立って、とても美味しく感じます。
りんごの風味も特長という事で、秋口からは、りんごと相性の良い豚肉の料理も良いのではないでしょうか。この季節だと、ソーヴィニヨン・ブランと相性が良い事で知られる、鮭を使ったお料理も鉄板です。
【代表的な1本】
サントリージャパンプレミアム 津軽産ソーヴィニヨン・ブラン
「日本のソーヴィニヨン・ブランもここまで来た。」そう思わせる明確な品種の個性が感じられます。グレープフルーツなどを連想させる爽やかな柑橘系のアロマと、甘いハーブのようなグリーンノートが融合したフレッシュで豊かな香りに、青りんごのタッチが加わるのが津軽らしいところ。冷涼気候ならではのイキイキとした軽快な酸味と爽やかな果実味を持つ、鮮やかな味わいの辛口です。