- ワインの産地編
樽熟成の魔力
2021年09月
最近リオハが気になります。これまであまり集中して飲む機会のなかった産地でしたが、一昨年くらいから長期熟成した驚く様な美味しさのリオハを続けて経験する機会に恵まれて、この産地に対する見方がすっかり変わってしまいました。
これまでの自分にとって、リオハは樽熟成風味が好きなスペインの人々が好む、樽香(それもアメリカンオークのココナッツ感の強い)しっかりの甘いワインのイメージでした。でも、それは単なる思い込みで、実際はしなやかで、奥行があるエレガントなワインだと今は思っています。改めてリオハを学び直してみると、気候や土壌などのテロワール、歴史的な経緯など、エレガントなスタイルのワインを産む産地である事が良くわかりました。思い込みというのは怖いものですね。
スペインのワイン産地の中でたった2カ所しか認められていない最高峰のD.O.Ca.産地(もう一つはプリオラート)であり、スペインで最も有名かつ重要な産地であるリオハ。今回はそのリオハの魅力やスタイルを見て行きたいと思います。
【リオハの地勢】
リオハはスペインの北東部に位置し、ラ・リオハ州を中心に一部パイス・バスコ州とナバーラ州にも跨る、東西約100㎞、南北約50kmのエリアに広がる大きなワイン産地です。中心都市はログローニョで、ワイン産業にとってはワイン出荷の中心となったアーロも重要な町です。産地の中心を大河エブロ川が流れています。大きく3つのサブゾーンに分かれており、西の上流部がリオハ・アルタ、上流部でもエブロ川左岸でパイス・バスコ州のアラバ県に位置するエリアはリオハ・アラベサ、そして東の下流部がリオハ・オリエンタルです。
スペインのワイン産地と言うと、カタルーニャ州やアンダルシア州、ラ・マンチャ地方などの、たっぷりの太陽に恵まれて乾燥した土地のイメージが強いのですが、リオハはその中では例外と言える産地。南の中央台地(メセタ)からの暑く、強烈に乾燥した風はリオハの南西にあるデマンダ山脈によってガードされ、北のビスケー湾から吹いてくる冷たく湿った風はリオハの北にあるカンタブリア山脈が防いでくれるおかげで、海洋性の気候の影響を受けて程よく湿度がありつつも穏やかな気候になっています。雨も海洋性の影響を受けるワリには年間400㎜程度と多くないので、健全でよく熟したぶどうが収穫出来ます。当然そのような気候から生まれるワインは、調和の取れた穏やかなもの。東のリオハ・オリエンタルはエブロ川を伝わってくるカタルーニャからの地中海性気候の影響を受けて、より果実味のあるスタイルになります。
土壌は大きく3つに分かれます。一つ目が粘土石灰質、引き締まった酸味の香り高くエレガントなワインが生まれる土壌で、リオハ・アラベサの主要な土壌です。リオハ・アルタの左岸エリアやアーロの町の周辺もこの土壌で、最高峰のリオハはこの土壌から生まれる事が多いとされます。二つ目は鉄分の多い赤く見える粘土質で、密度が高く、力強く、熟成ポテンシャルのあるワインを産みます。リオハ・アルタやオリエンタルの斜面の畑の土壌です。三つめは重めの沖積土壌で、肉厚なワインを産むとされます。エブロ川に近いエリアや平地に多く、リオハ・オリエンタルに比較的良く見られる土壌です。
伝統的なリオハのワインは、これらの異なるサブゾーン、異なる土壌のワインのブレンドでつくられるものでした。ところが2018年からリオハのワインはさらなる進化に向けて、新たな規制を導入しました。その中で、より細かな産地の区分が認められる様になっています。区分は(1)地区(アルタ、アラベサ、オリエンタルの3つ)、(2)市町村、そして最も細かい(3)単一畑の3階層で、リオハはより詳細な土地の味わいの表現に踏み込んだと言えると思います。
【リオハの赤ワイン用の代表的なぶどう品種】
(左)テンプラニーリョ(右)ガルナッチャ
[テンプラニーリョ]
…このエリアの黒ぶどう生産量の約9割を占める、リオハの赤ワインの主力品種です。スペイン全土で栽培され、スペインで最も栽培面積の大きな黒ぶどうでもありますが、原産地はリオハだとされています。早熟で果皮が薄い事もあって、病気や旱魃に弱いぶどう品種ですが、リオハでは色の濃さと果実味、酸味のバランスの取れた長期熟成型のワインを生みます。強いぶどうと思われがちですが、ピノ・ノワールに例える生産者も居るくらいで、エレガントさも表現出来る高貴な品種の一つと言って良いと思います。
[ガルナッチャ・ティンタ]
…生産量は全体の7.5%。フランスのグルナッシュと同じ品種で、リオハのすぐ南東にあるアラゴン州が原産地です。色は淡いものの、まろやかで豊かな果実味と高めのアルコール、穏やかな酸味のゆったりとした赤ワインになる品種です。地中海性気候を好むので、その影響のあるリオハ・オリエンタルエリアが主力産地です。リオハ・オリエンタルのワインが豊かな果実味を持つ傾向があるのは、このぶどうのブレンド比率が高い事も影響しています。
[グラシアーノ]
…リオハの土着品種で生産量は全体の僅か2%。長期熟成能力を持つ品種で、レセルバやグラン・レセルバなどの長期熟成タイプのワインにブレンドされます。収量が低く、土地を選ぶ品種ではありますが、近年注目度が高まり、栽培面積が増加しています。
[マスエロ(マスエラ、カリニェナ)]
…こちらも生産量は全体の2%。フランスのカリニャンと同じ品種で、これもガルナッチャ同様にアラゴン州が原産地です。色濃く、酸強く、収斂する厳しいタンニンを持つので、ブレンドしてテンプラニーリョのワインの熟成ポテンシャルを上げるために使用されます。
【リオハの赤ワインのスタイル】
先に見た穏やかな気候の影響もあり、リオハはスペインの赤ワインの中では、洗練されて整った味わいです。このリオハならではのスタイルの確立に大きな貢献をした人々は、実は隣国フランスのボルドーのワイン商人たちです。19世紀の後半に、フランスのぶどう畑はフィロキセラと言うぶどうの天敵とも言える害虫に襲われ、壊滅状態に陥りました。そこで足りなくなったワインの調達のためにやって来たのが、ボルドーから近く、交通の便も良い(ビスケー湾まで鉄道があった)リオハ地方だったのです。彼らはリオハにボルドーの進んだぶどう栽培&ワイン醸造の技術・設備・道具を伝え、技術者を送り込み、ボルドーに似たスタイルのエレガントで長期熟成型の小樽で熟成したワインをつくりました。現在のスペイン最高の赤ワイン産地としてのリオハの評価はこうして確立されました。今でもリオハのワインは欧米ではボルドーと同じスタイルの別の選択肢と考えられていて、ボルドーと同じ様に飲まれています。
そんな経緯でリオハの基本はしっかりとした小樽熟成のスタイル(一部、樽熟成せず若々しい果実味を楽しむものもあります)で、ボルドーと同じバリック(225Lの小樽)の使用が義務付けられています。伝統的にはアメリカンオークの樽でしたが、近年はフレンチオーク100%やアメリカンとフレンチの併用のスタイルも増えています。リオハのワインは熟成期間によって、以下の4つのカテゴリーに分けられ、上の写真の様な、色の異なる認証シールが貼られています。
[ジェネリック] 緑のシール
…フレッシュでフルーティな果実味を楽しむタイプ。2年未満の熟成期間のワインで、樽熟成しないものもあります。
[クリアンサ] 赤のシール
…果実味と熟成感のバランスの取れたタイプの赤ワインです。最低2年の熟成期間(うち最低1年間は樽熟成)と、スペインの他のエリアよりも最低樽熟成期間が6ヶ月長く設定されています。樽熟成を大切にするリオハらしい規定です。
[レセルバ] 紫のシール
…力強く、長期熟成タイプの赤ワインです。最低3年の熟成期間(うち最低1年間は樽熟成+その後の最低6ヶ月の瓶熟成期間)と、他のエリアでは指定されていない出荷前の最低瓶熟成期間が定められています。
[グラン・レセルバ] 紺のシール
…殆どの生産者が良年にしか生産しないトップのカテゴリーです。最低5年の熟成期間(うち最低2年間の樽熟成+その後の最低2年間の瓶熟成期間)と、他のエリアよりもこのクラスも6ヶ月樽熟成期間が長くなります。数十年の熟成ポテンシャルを持つ偉大な赤ワインです。
果実味をたのしむタイプも美味しいですが、やはりリオハと言えば樽熟成。しっかり馴染んだ樽の香りと、こなれた果実感とのエレガントなバランス感覚がリオハという産地の魅力ではないかと思います。ちなみに樽熟成がワインに与える影響は、以下の様な事があるとされています。
1.樽からの成分の抽出
(1)香り:ヴァニラ様の香り[ヴァニリン]、クローブなどの甘いスパイスを連想させる香り[オイゲノール]、ココナッツ様の香り[オークラクトン]など
(2)タンニン
2.穏やかな酸素供給
3.赤ワインの色調の安定化
4.清澄化の推進
5.アントシアニン(色素)などのフェノールの重合化による沈殿
つまり、樽で熟成している間に、「樽からの成分がワインに与えられて香りや味わいの複雑さが増し、穏やかな酸化熟成が促される事で、フレッシュな果実味は無くなるものの角の取れたまろやかな風味や口当たりが生まれ、過度なフェノールが重合析出して沈殿する事でさらにまろやかな口当たりになり、見た目も澄んで落ち着いていく」という事です。溶け込んでワインと一体化した樽香には、魔力と言っても良い、何ともいえない魅力があります。
【代表的な1本のおすすめ料理】
リオハにどんな料理を合わせるのか?海がそれ程遠くないとは言え、内陸の産地ですから魚介類よりは肉類の方が合いそうです。地元で食べた時の印象だと、炭火で焼いた羊肉にシンプルに塩とオリーブオイルをかけたものと、しっかり樽熟成したレセルバタイプのリオハは抜群に合いました。他に地元の名物料理だと、パプリカの肉詰めや、少しピリ辛のチョリソ―とインゲン豆の煮込みなんかと良く合うとの事でした。オススメ料理にあるような、しっかりしたお肉の料理との相性が良さそうです。
リオハは一部にバスク州のエリアも含みますし、ビルバオやサン・セバスチャンも近いので、バスクのバル文化の影響もあるエリアです(リオハにはバスク資本のワイナリーが多い事も良く知られています)。熟成短めの軽めのタイプは、そんなバルで良く出て来るようなスペインのハモン(生ハム)やピンチョスで愉しむのも良いかも知れないですね。
【代表的な1本】
ソラール ビエホ レセルバ
ソラール ビエホは1937年創業のリオハのワイナリー。現在はフレシネグループの一員となっています。リオハ北部のリオハ アラベサに位置し、果実味のしっかりしたクリーンなスタイルのワインを産んでいます。レセルバはフレンチオークとアメリカンオークで12ヶ月熟成したワインをブレンドするモダンなスタイル。テンプラニーリョを主体に15%のグラシアーノをブレンドする事で、しっかりとした構造のある長期熟成可能なスタイルに仕上げています。アラベサ地区のワインらしいバラを思わせる華やかなアロマと、長期熟成による複雑なスパイシーさや溶け込んで複雑さを与えているオークの香りが魅力の1本です。