- ワインの産地編
ブランドをつくる人の技(フランス・シャンパーニュ地方)
2021年12月
(写真)シャンパーニュ地方を代表する白亜の土壌
近年は年間通してスパークリングワインが飲まれるようになったとは言え、やはり12月は最もスパークリングワインが開けられる月です。その中でも特別感という点で世界中で不動の人気を誇るのがシャンパンです。巨人モエ・エ・シャンドン(ドン・ぺリニョン含む)を筆頭に、ヴーヴ・クリコ、ローラン・ペリエ、ルイ・ロデレール、マム、クリュッグなど、あまりワインを飲まれない方でも名前は知っているようなビッグネームが並びます。華やかなプロモーション、美しいラベル、こだわったボトル形状、魅力的なクリーミーさを持った泡立ち、豊かで複雑な香り、引き締まった酸とミネラル感など、シャンパンの魅力を挙げだすとキリがありません。
そんなシャンパンですが、その他ワインとは少し違う部分もあります。例えばモエ・エ・シャンドンのブリュット アンペリアルやローラン・ペリエのラ キュベの様な各社のスタンダードの看板製品を飲むと、いつも同じ味がする事に気付くと思います。毎週同じものを飲むなら、その他のワインでも特に味は変わらないのですが、殆どのワインは年に一度味が変わります。ワインの味わいには、その年の天候が如実に反映されますので、ヴィンテージが変われば味が変わるのが当然だからです。でも、多くのシャンパンはいつも同じ味わいです。良く見てみたら、多くのシャンパンはラベルにヴィンテージも書いていません。どうやっていつも同じ味わいを実現しているのか?そこにはつくり手の絶え間ない努力と、見事な技が存在します。シャンパンはとても深いお酒なので一回でその全貌については語れません。今回は天と地とぶどうの要素からその秘密の一部を見てみたいと思います。
【シャンパーニュ地方の5つの地区と畑の格付け】
30,000haを超える栽培面積を持つ広いシャンパーニュ地方ですが、この地方で生産されるスパークリングワインの原産地呼称はただ一つ、AC Champagneのみです(他にスティルワインの原産地呼称としてCoteaux ChampenoisとRosé des Liceyの2つがあります)。気候は冷涼な半大陸性で、土壌は白亜質と言うのが基本ですが、全ての場所が均一な訳ではなくこの地方は大きく5つのエリアに分けられます。それぞれのエリアの名前と特徴を見て行きましょう。
<5つの地区>
モンターニュ ド ランス(Montagne de Reims)地区
…「ランスの山」という名前の通り、ランスの町の南に広がる丘をグルリと取り囲むように広がる産地。ヴェルズネ、アンボネイなどの有名な村を擁し、力強いピノ・ノワールの産地として知られています。
ヴァレ ド ラ マルヌ(Vallée de la Marne)地区
…「マルヌ渓谷」という名前の通り、エペルネの町を東から西に流れるマルヌ川沿いに広がる産地。渓谷の南向き斜面に畑が広がる。渓谷で寒気が溜まりやすいため寒さに強いムニエが広く栽培されています。エペルネの北に位置するアイ村周辺の畑は、シャンパーニュ地方最高のピノ・ノワールの産地として特に名前が知られています。
コート デ ブラン(Côte des Blancs)地区
…「白い丘」という名前の通り白亜質が露出した、エペルネの町の南に連なる東向きの丘陵地です。ほぼシャルドネのみが栽培されており、アヴィーズ、クラマン、メニル・シュール・オジェなどの村々は最高のシャルドネの産地として知られています。
コート ド セザンヌ(Côte de Sézanne)地区
…セザンヌの町周辺に広がる産地。コート デ ブランの延長にありシャルドネの産地として知られています。
コート デ バール( Côte des Bar)地区
…一つだけ離れたオーブ県にある産地です。ランスよりもむしろ、シャブリ村があるブルゴーニュのオーセロワ地区に距離的に近く、土壌もシャンパーニュ地方で一般的な白亜質でなく、シャブリに近いジュラ紀キンメリジャンの泥灰質土壌になります。果実味が明快なピノ・ノワールが中心の産地です。
<ワインを生産する村>
シャンパンの生産を認められている村は全部で319村ありますが、そのそれぞれに80~100までの格付けの数字が決められています。これは昔のぶどうの公定価格制度の名残で、例えばその年のぶどうの価格が1㎏1,000円ですと決められると、格付け100の村のぶどうは1,000円で売れますが、90の村のぶどうは900円、80の村のぶどうは800円と自動で決まるようになっていました。今はこの価格決定の制度は無くなっていますが、当然、良いぶどうが出来る村に高い数字がついていたので、それらの村(例えば格付け100の村は全319村中で17村しか無い)は特別扱いされています。具体的には格付け100の村で産出されたぶどう100%でつくられたシャンパンはラベルにGrand Cru(グラン クリュ=特級)と表示して良く、同様に90~99の村のぶどうだけでつくられたものはPremier Cru(プルミエ クリュ=1級)を名乗れます。グラン クリュとプルミエ クリュは上記5つの地区の中でモンターニュ ド ランス、ヴァレ ド ラ マルヌ、コート デ ブランの3地区にしかありません。つまりこの3地区がシャンパーニュ地方の中でも特に優れたワインを生産する場所だという事です。
とは言え単一の村や単一畑のシャンパンというのはごく僅かしか存在せず、殆どのシャンパンはこれら5つの地区、319の村から生まれるワインたちをブレンドしてつくられています。異なる特徴を持つ畑からのワインを組み合わせる事で、より複雑な味わいのシャンパンをつくっていくわけです。シャンパーニュ地方に原産地呼称が一つしか無いのは、複数の産地のぶどうを混ぜるのが基本となっている産地だからなんですね。
【シャンパンのぶどう品種】
(写真)左からピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネ
シャンパーニュ地方では全部で7つの品種が認められていますが、99%以上が上記3品種で占められており、残り4つの品種(ピノ・ブラン、ピノ・グリ(=フロマントー)、プティ・メリエ、アルバンヌで全て白品種)の栽培面積は全体の1%足らずです。
シャンパンでは白とロゼのスパークリングワインの生産が認可されていますが、全体の9割弱は白です。そして、上記3品種の栽培面積比率は、ピノ・ノワール39%、ムニエ33%、シャルドネ28%で黒ぶどうが全体の7割以上を占めています。つまり、シャンパーニュ地方では黒ぶどうからも白のスパークリングワインが生産されているという事です(圧力の低いプレス機で優しく果汁を搾る事で、黒ぶどうからも白い果汁を得る事が可能)。それぞれの品種がシャンパンの味わいに与える影響は以下です。
ピノ・ノワール[Pinot Noir]
…香りは華やかで、味わいは力強くボリューム感がある。ボディと骨格を与える。高い熟成能力も持つ。
ムニエ[Meunier]
…フルーティで優しい、やや軽い味わいで柔らかさを醸し出す。早くから楽しめる味わいだが、長期の熟成には向かないとされる。
シャルドネ[Chardonnay]
…香りは繊細で、味わいは軽快、キレのある酸味を持つ。シャンパンにエレガントさを与える。3つの品種の中で最も長期熟成型。
多くのシャンパンはこの3つの品種をアッサンブラージュ(ブレンド)する事でつくられています。このブレンド比率でシャンパンの味わいの傾向が決定されます。例えばピノ・ノワールの比率が高いシャンパンはコクがあってまろやかな味わい。シャルドネの比率が高いものは繊細でエレガントで一本芯の通った味わいなどです。
【アッサンブラージュ(ブレンド)】
写真左) 白亜の土壌を掘ってつくられたカーヴ 右)そこで熟成されるシャンパンたち
シャンパーニュの地区とぶどうについて見て来ました。シャンパーニュ地方では、畑ごと、ぶどうごとに分けて醸造するのが基本で、大きな生産者になると一年に何百ものベースワインを生産します。それらをパズルのピースの様に組み合わせながら、目指す味わいをつくり上げていくわけなのですが、そのブレンドには、さらにもう一つの要素が加わります。それが生産年(ヴィンテージ)です。冒頭でも触れましたが、シャンパンのラベルを見ると、スティルワインだと殆どのラベルに表示されているヴィンテージが書かれていないものが多い事に気付くと思います(書かれているものもあります)。何故かというと、シャンパンでは複数の生産年のワインを混ぜるのが基本だからです(シャンパーニュ地方は元々ぶどうの成熟限界とも言える最北のワイン産地であったために、何年かに一度は寒くて熟さない年がある事を前提に良い年のワインを取り置く事が義務付けられています)。という事でラベルにヴィンテージが書かれているという事は、そのヴィンテージはそれだけで完成品になる特に作柄の良かった年だったと言う事で、スタンダード品よりも格上の扱いになります。各社の最高級品も多くの場合はヴィンテージタイプです(ローラン・ペリエの様にあえて最高の年をブレンドする場合もありますが)。
という事で、シャンパンは畑・ぶどう品種・ヴィンテージという3つの要素をブレンドして、目指す味わいをつくり上げていく、生産者の意思や力量が大きく影響するワインである事がわかるかと思います。いつも同じ原酒が手元にある訳ではないけれど、出来上がった製品の味わいはいつも同じであるという点では、ブレンデッド・ウイスキーと共通点があるかもしれません。それぞれの生産者には秘伝の味わいのスタイル(=ブレンド比率)があり、顧客も好みのスタイルを購入するというのが一般的です。農家が営む小さなシャンパンハウス(レコルタン・マニピュランと呼ばれる)ではその年の作柄によってこのあたりがぶれたりする事もありますが、大手の生産者(シャンパン メゾンもしくはネゴシアン・マニピュランと呼ばれる)ほど、生産者のスタイルはハッキリとしています。「シャンパンはブランドで買う」と良く言われますが、それはブランドをつくるメゾンのノウハウや投資などの努力の結晶なんですね。
【シャンパンにおすすめの料理】
ローラン・ペリエの様なシャルドネが半分以上を占めるエレガントなスタイルのシャンパンは、何と言ってもアペリティフ(食前酒)として最高です。シャルドネ由来の軽快でキレのある酸味と、爽やかな柑橘を思わせる風味で、食欲を増進させてくれるので、最高の食事のスタートを切る事が出来ます。当然ながら前菜につまむカナッペなどのフィンガーフードとの相性も抜群です。
でも実はそれだけでは勿体ないのがシャンパンです。元々海の底であった事を示す石灰質の土壌由来のミネラル感とキレのある酸は魚介類ともしっかり寄り添ってくれますし、長期の瓶熟成から来る酵母の香ばしい風味とシュワシュワの泡立ちは揚げ物のクリスピーな衣の風味ともピッタリ。殆どのシャンパンは黒ぶどうも使われているので、豚肉や鶏肉のようなホワイトミートとも違和感ゼロです。お寿司とだって美味しく楽しめます。あまり”万能”という言葉は使いたくないですが、料理との相性の幅が思っているよりも遥かに広いのがシャンパンです。是非、色々なものと試してみて下さい。
【代表的な1本】
ローラン・ペリエ ラ キュベ
ラ・キュベは一番搾りの意味で、最初に搾った良い果汁しか使用しません。ブレンド比率はシャルドネ50~55%、ピノ・ノワール30~35%、ムニエ15~20%。このつくり手の特徴は、何と言ってもシャルドネ比率が高い事で、栽培面積比率で28%しかない貴重なシャルドネが半分以上ブレンドされています。一般的なメゾンのスタンダードなシャンパンでこの比率は驚くべき事(栽培面積が少なく、需要が多いのでシャルドネは3つのぶどうで最も高価)で、それにより他のシャンパンとは一線を画する非常に特徴的なスタイルが確立されています。
その特徴とは「フレッシュさ」「エレガントさ」「バランスの良さ」の3つ。「一口飲んだすぐ後に、もう一口飲みたくなる味わい」を目指したブレンドです。数あるシャンパンの中でも最も繊細で上品な味わいと言って良いかと思います。面白いのは「フレッシュさ」をとても大事にする生産者ながら、最低熟成期間が48ヶ月と一般のシャンパンメゾンと比較して長い事(通常は36ヶ月前後)。シャルドネを多く使う同社だからこそ出来る事で、フレッシュだけど奥行のある味わいはここから来ています。世界中でシャンパンが人気で出荷量が増加していて、多くのシャンパンメゾンが熟成期間を短くしていく中でのあえて熟成期間を長くする選択。家族経営のつくり手だからこそ出来る事だとも言えますが、明確な品質への意思を貫く誇り高い生産者です。