ワインって難しい・・・?
世の中で広く言われるワインの常識を、ワインのプロが実際に検証!
毎月1つのテーマに絞って連載していきます。

  • ワインの産地編

バックナンバーはこちら

メルロの聖地の左岸と右岸(日本・長野県・塩尻市)

2022年09月

(写真)10月半ば、収穫日の塩尻市岩垂原のメルロ
日本で本格的にワインの生産が始まったのは1874年、山梨県の甲府市においてと伝えられています。とすると、日本におけるワインづくりの歴史は約150年間。世界の伝統的なワイン生産国の歴史がヨーロッパだと2,000年以上、ニューワールドと言われる国々でも、例えばチリや南アフリカでも500年近い歴史がある事を考えると、日本がまだまだ歴史の浅い国であるのは間違いないところです。
それを反映してか、日本ではワイン産地とぶどう品種の結びつきはまだまだ強くありません。日本で土地とぶどうの結びつきと言うと、まず連想されるのは山梨県と甲州ですが、その次に来るのが、塩尻とメルロの結びつきでしょうか。50年の栽培の歴史(メルロでは無いぶどうでは100年を超える歴史有り)と国内外での数々の受賞歴は、日本の色々な産地の中でも特に強い輝きを放っています。
塩尻には創業100年を超える老舗から設立間もない所まで、大小17ものワイナリー(2022年1月現在)がひしめき合い、産地もどんどん広がって来ています。今回は日本における「メルロの聖地」と言っても良い塩尻市を取り上げたいと思います。

目次
  1. 【塩尻の風土と2つの産地】
  2. 【メルロ】
  3. 【塩尻メルロのぶどう栽培】
  4. 【塩尻のメルロにおすすめの食べ物】
  5. 【代表的な1本】

【塩尻の風土と2つの産地】

塩尻は長野県の丁度中心に位置する町。東京からと名古屋からの中央線が丁度出会う場所です。元々、塩尻という地名自体が、日本海側と太平洋側から海塩を持って売りながら移動した行商人たちが、丁度出会う場所(塩が届く最後の場所=つまりどちらの海からも一番遠いところ)である事からついたとされています。西には北アルプス(町から穂高が見えます)、南には中央アルプス、東には八ヶ岳と周囲をグルリと山に囲まれたまさに内陸の中の内陸。当然標高も高く、一見平地に見えるのですが塩尻駅を降りた時点で既に700mオーバーです(710m程度)。この標高の高さは昼夜の寒暖差の大きさを生み、色濃く、糖度が高く、量はしっかりありつつも熟した丸さのあるタンニンのあるぶどうが生産されます。周囲を山に囲まれている事で雨も少なく(塩尻に来る前に雲は山で雨を降らせるので)、そのおかげで病害が少なく日照時間が長いのも特徴。これも高品質なワインづくりには欠かせない要素です。塩尻というのは日本のワイン産地の中でも、気候条件としてはかなり恵まれた場所だと思います。

そんな塩尻で長らく秀逸なワイン産地として知られているのは、塩尻駅の西側に広がる桔梗ケ原です。ここは塩尻市の西を流れる奈良井川の、右岸に広がる河岸段丘の上段部分になります。このエリアの土壌は上部はシルト質(粘土と砂の間くらいの粒)でその下に礫質があります。程よい排水性がありつつも、適度に保水力もある土で、雨の多い日本では有利に働きます。ここから生まれるメルロのワインは緻密な果実味と滑らかな質感、日本のワインの中でも特に豊かなボディ感を持ち、長く高い評価を得て来ました。

それに対して近年大きく評価を上げているのが、奈良井川の対岸(左岸)部分にあたる岩垂原と呼ばれるエリアです。岩垂原の土壌は奈良井川に流れ込む小曽部川が運んだ礫質を多く含むのが特徴で、下の写真にもある様に、畑の表面にも大きな岩がゴロゴロと露出しています。まさに”岩”垂原という名前の通りですね。桔梗ケ原と比較した際の岩垂原の特徴はこの礫質によって、一際水捌けが良い事。より多くの水分ストレスが木にかかる事で、凝縮感のあるぶどうが生まれるのがこのエリアです。ボ右岸が粘土質で左岸が礫質というとボルドーがそうなのは有名な話ですが、塩尻も実はそうだというのは面白いですね。当然出来るワインの味わいも異なって来ます。実際にサントリーが生産している原酒でも、桔梗ケ原の畑からのメルロと岩垂原のメルロを比較すると、岩垂原のぶどうからのワインの方に勢いのある強い果実味を感じる事が多いです、それに対して桔梗ケ原のワインにはよりしなやかさと言うか落ち着きのあるしっとりとした感じがあるように思います(これはぶどうの生産者の違いもあるので単純に土地だけの違いでは無いとは思いますが)。塩尻も少しずつサブ・リージョンが生まれて来ています。もう少ししたらその特徴を普通に語る時代が来るかも知れないですね。

【メルロ】

(左)桔梗ケ原と岩垂原の土壌の違い (右)収穫された岩垂原のメルロ

メルロは世界で最も人気のあるワイン用ぶどう品種の一つです。アデレード大学がまとめた2016年の世界のワインぶどうの栽培面積を見るとメルロは266,440haでカベルネ・ソーヴィニヨンに次ぐ世界2位。2010年から2016年の推移でみると少し減少していますが、2000年から50,000ha以上増加しています。メルロは遺伝子でみると、片方の親がカベルネ・フランでもう片方の親がマグドレーヌ・ノワール・デ・シャラント。実はカベルネ・ソーヴィニヨンとは片親違いの兄弟になります。なので風味にも少し似たところがあります(メトキシピラジンと呼ばれるピーマン系の香りが残りやすい)が、味わいの構造は結構反対。まろやかなメルロに対してガッチリとした質感のカベルネ、早熟なメルロに対して晩熟なカベルネ、酸が落ちやすくタンニンもやさしいメルロに対してしっかり酸とタンニンのカベルネ。だからこそこの2つの品種はブレンドして互いを補い合う良いパートナーとなっています。

話が少し脱線しましたが、上で挙げたポイントの中で今回のお話で重要なのは早熟な事。近年は地球の温暖化の影響で少し暖かくはなりましたが、塩尻の冬は本当に寒いです。春の訪れも遅いですし、秋から冬の到来も早い、つまり暖かい時期が少ないため、早熟な品種でないと完熟しない冷涼地だったのです。そんな気候の中で色々な品種が試されましたが、その中でなんとか熟する事が出来たのがメルロでした。塩尻にメルロが広がったのは気候条件に選ばれた必然だったんですね。そこに塩尻という産地とメルロというぶどう品種の結びつきの強さを感じます。

【塩尻メルロのぶどう栽培】

(左)垣根栽培 (右)棚栽培

塩尻はメルロを栽培する前は赤玉スイートワインなど甘味果実酒向けのコンコードやナイアガラを主に栽培している産地でした(今でもこのエリアのコンコードやナイアガラは赤玉用使われています)。これらのぶどうは日本の伝統的な栽培方法である棚栽培で栽培されて来ました。コンコードやナイアガラからメルロにぶどう品種を変更する時にも慣れた棚栽培を採用する事が多かったため、塩尻のワイン用ぶどうは今でも棚栽培のものが多いです。それに対して、近年新たに拓かれる畑は垣根栽培のものが増えています。世界の多くのワイン産地が垣根栽培を採用しているため、垣根栽培のぶどうと棚栽培のぶどうを比較すると、垣根栽培の方がワイン用のぶどう栽培としては高品質なものが出来るのではないかと思っている方も多いかもしれません。サントリーの塩尻メルロの原料ぶどうには、棚栽培と垣根栽培の両方がありますが実は最も良いワインに使われているのは棚栽培のものです。良いぶどうは、自然環境と、それに影響されるぶどうをしっかり見て栽培する栽培者の力量が大きくて、単純に垣根か棚かという問題では無いのではないでしょうか。

【塩尻のメルロにおすすめの食べ物】

img_1091_4.jpg

?タリアータ ぶどうとバルサミコのソース

 

img_1091_5.jpg

?ブリのコンフィ

 

塩尻のメルロの味わいの特長は、日本の赤ワインの中では最も安定していると思われる充実した果実感と、しっかりとした骨格。標高の高さから来る冷涼な気候のおかげで酸が落ちやすい品種であるメルロでも適度な酸が保たれます。日本は他のワイン生産国と比較して雨が多いのですが、その気候から来るシダ植物の様な涼やかな湿り気を感じる香りがあるのも塩尻のメルロに共通するところです。

そんな塩尻のメルロに合わせたいのはまずは牛肉。日本のワインに感じられる繊細さとのバランスを考えて、塊肉よりは薄めにスライスした方が美味しく感じられる気がします。ここでは秋らしくぶどうのソースと合わせていますが、著名なソムリエさん2人に塩尻のメルロを飲んで頂いて料理をお勧めして頂いたところ、揃って牛肉の朴葉味噌焼きが上がりました。やっぱり日本のワインは日本の調味料と合うイメージがある様です。もう一つのおすすめは脂の乗った魚の料理。ここではぶりの料理を挙げていますが、他にも金目鯛やノドグロなどともとても良い相性ですので、是非お試し頂ければと思います。

【代表的な1本】

img_1091_6.jpg

サントリー フロムファーム 岩垂原メルロ キュベ・スペシャル 2018

9月6日、12年振りにサントリーの日本ワインのブランドが刷新されました。新ブランド名はフロムファーム、「全ては畑から来る」をコンセプトに日本ワインの魅力をお伝えしていきます。岩垂原メルロはそのフロムファームブランドの中で、登美と並び「シンボルシリーズ」に位置付けられるフラッグシップワインです。その中でもキュベ・スペシャルは本当に良い年にのみ生産される特別な1本。甘く熟したぶどうの滑らかな果実味とその中に綺麗に溶け込んだタンニン。冷涼地ならではのスッと伸びて行く酸味。味わいの後半になる程にメルロらしいふくよかな果実感とその甘さがゆったりと広がる、大きな味わいをお愉しみ頂けます。

ちなみに前述の著名なソムリエさんお二人に、このワインを合うお料理をおすすめして頂いたところ、こちらは二人そろって鰻の蒲焼が上がりました。フロムファームの定番19種の中で、二人が揃って同じ料理を挙げたのはこの2本のみ。これは合いそうな気がしますね。

上にもどる

ワインの産地編バックナンバー