- ワインの産地編
弾けるマスカットフレーバー(イタリア・ピエモンテ・アスティ)
2023年02月
(写真)チェレット社のモスカートの畑
香りはワインの魅力の大きな部分を占めます。果物や花、スパイス、時によっては動物や石油やタールなどの鉱物系の香りまで、実に多彩な香りがワインには存在します。しかし、不思議な事にワインで原料である「ぶどう」そのものの香りがするものは多くありません。ワインからは果実であっても、柑橘類や桃などの核果実類、ベリー類など、ぶどう以外の果実を感じる事が多いのです。その中にあって、マスカットを原料とするものはマスカットぶどうそのものの香りがワインからも感じ取れる、ある意味貴重なワインたちです。今回はそんなマスカットを原料とするぶどうの中でも、もぎたてのフレッシュなマスカットを口いっぱいに頬張るような、弾ける果実味を味わえるアスティ(Asti)を取り上げたいと思います。
【アスティの産地とワインのスタイル】
アスティはイタリアのピエモンテ州の南部に位置する産地で、このエリアでマスカットから生産される発泡性の甘口ワインは、イタリアのワイン法上の最高格付けであるDOCGに認証されています。アスティの産地は広く、アスティ県を中心に、クーネオ県、アレッサンドリア県にも跨り、51の村、約10,000haの畑で生産が認められています。生産本数は年間約1,500万本です。このエリアは丘陵地帯に位置し、アスティの生産に認可されている畑も傾斜の強い場所が多いです。実際、畑全体の約15%が傾斜40度以上、約3%はなんと50度を超える崖のような畑となっています。特に西部のランゲ地区(クーネオ県)が急斜面で知られています。このエリアの丘陵地帯に整然と連なるぶどう畑の美しい景観は、「ピエモンテのブドウ畑の景観、ランゲ=ロエーロとモンフェッラート」としてユネスコの世界文化遺産にも登録されています。アスティの産地の中でも、カネッリとストレヴィの2村は、より高品質のワインが生産されるサブ・リージョンとして知られ、ラベルに村の名前を記載する事が許されています。石灰分を含む土壌が多く、特に石灰分の強い畑から香り高いワインが生まれると言われます。
アスティの名前で生産されるワインには2つのタイプがあります。一つはスパークリングワインのアスティ、もしくはアスティ・スプマンテと呼ばれるワイン。もう一つが、微発泡性のモスカート・ダスティです。つまりラベルにアスティと書かれていればしっかりとした泡立ち、モスカート・ダスティと書かれていれば微発泡と言う事になります。モスカート・ダスティの方がアルコールが低めで、よりマスカットの風味が強く出る傾向がありますが、共にフレッシュなマスカットのフルーティさを愉しむタイプのワインたちです。元々は共に甘口のワインたちでしたが、近年の消費者の辛口嗜好や世界的なプロセッコ(辛口~やや辛口が主体)の人気を受けて、アスティ・スプマンテでは2017年から甘さを抑えた(やや辛口のワインがメイン)アスティ・セッコが登場しています。また量としては極わずかですが、遅摘みのぶどうから生産されるスティルワインの甘口、モスカート・ダスティ・ヴェンデンミア・タルディーヴァも存在します。
【アスティのぶどう品種】
(左)モスカート・ビアンコ種(右)収穫されたモスカート・ビアンコ
アスティのぶどうは100%モスカート・ビアンコ種と決められています。モスカートはイタリア語でのマスカットの呼び名。この品種はフランスではミュスカ・ブラン・プティ・グラン(小さな粒の白いマスカット)と呼ばれ、数あるマスカット系の品種の中で最も香り高く、高品質なワインが出来るぶどうとして知られています。オレンジや藤の花などを連想させる華やかさと、マスカットそのままのフルーティさ、そしてマスカットの名前の由来となった麝香(ムスク)の色気を併せ持つ魅力的なぶどうです。とても歴史の古いぶどう品種で、紀元前には既に栽培されていた言われていますが、デリケートで病気に弱い事でも知られ、栽培には細心の注意が求められる品種でもあります。フレッシュさと香りが命のぶどう品種なので、醸造も可能な限りその良さを活かす形で行われます。
【アスティの製法】
(左)アスティの醗酵タンク(右)アスティの畑
多くのスパークリングワインは一度スティルワインをつくり、そこに糖分を足して密閉容器に入れ再発酵で生まれた泡を閉じ込める、というやり方で生産されます。しかし、アスティとモスカート・ダスティは一次醗酵で発生する泡を閉じ込めるという点で、一般的なスパークリングワインとは製法が異なります。
具体的には密閉出来るスタンレスタンクの発酵槽でアルコール発酵を開始しますが、最初は発生する炭酸ガスが排出されるように、バルブを開けた状態で醸造します。発酵は大切な果実のアロマが揮発してしまわない様に温度コントロールされ、低温で行われます。ある程度醗酵が進んだら、残りの果汁の糖分を測り、最終的なワインのガス圧と残したい糖分を計算して、最適なタイミングでバルブを閉めます。するとそこからのアルコール発酵で発生した炭酸ガスはワイン内に閉じ込められてスパークリングワインになっていきます。そして、必要なガス圧まで上がったら一気にワインを冷やし込んで発酵を停め、フィルターにかけて酵母を取り除いてそれ以上発酵が進まない状態にして瓶詰するというのがアスティ及びモスカート・ダスティの製法です。多くのアスティが甘口ですが、この糖分は一般的なスパークリングワインの様に最後にドサージュで足すわけではなく、元々のぶどうが持っていた糖分が残されたものです。
これはアンセストラル方式というやり方に似た製法ですが、アンセストラル方式がタンクで醗酵途中のワインを瓶に入れて瓶の中で泡をつくるのに対して、全てタンク内で行うというのが違いです。アンセストラルとシャルマの折衷方式と言えるでしょうか。全て温度コントロールされた密閉式のタンク内というのは、果汁の酸化を押さえて、果実味を最大限に残すという点でとても有利な方法です。
多くのアスティはフレッシュさと華やかな香りを可能な限り保つために、もう一つの対策を取っています。それは果汁の冷蔵保存です。果汁を0℃近くまで冷やし込む事で新鮮なままの状態で保管し、必要に応じて都度発酵を行う事で、常に出来立てで、マスカットのフレッシュなアロマたっぷりのワインを市場に送る事が可能になります。この様な生産者の努力も、アスティというワインの、口の中で弾ける様なフレッシュな風味に繋がっています。
ちなみに近年、瓶内二次発酵の伝統式製法でアスティを生産する事も認められました。まだまだ少数派だと思われますが、伝統的製法のものはまた少し異なる個性のアスティが愉しめるかと思います。
【アスティにおすすめの食べ物】
アスティは一部の例外を除いて甘口(100g/L以上の場合が多い)のため、一般的な料理と合わせると甘さが口の中に残ってしまう事があります。そのため、食前酒として愉しんだり、食後にチーズやデザートと合わせたりと言うのが最も多い楽しまれ方かも知れません。特にフルーツを使ったケーキや、レアチーズケーキなどとはフレッシュさやフルーティさが相乗して素晴らしい相性を誇ります。上の例にも挙げていますが、ブルーチーズとの相性が良いのもポイントです。
お料理と合わせる場合は、上の例のようにフレッシュな果実を使ったものや、ハーブを多用しつつ唐辛子の辛さも併せ持つ東南アジアの料理などと合わせると、ワインの香りがエキゾチックな魅力を引き出してくれるので面白いと思います。辛口のアスティ・セッコは会話を楽しみながらつまむ、食前のフィンガーフードにとても良く合います。
【代表的な1本】
チェレット モスカート・ダスティ 2021
チェレットはバローロやバルバレスコに多くの銘醸畑を所有するピエモンテの名門ワイナリー。このワインも非常に完成度の高い味わいで、鮮やかなオレンジの花を連想させるフローラルさに、フレッシュなマスカットや白桃、ハチミツなどを思わせるアロマが大きく広がります。アルコール5.5%で軽快な酸味があり、しっかりとした甘さがありながら飲み口は軽やか。マスカットを口いっぱいに頬張るような、モスカート・ダスティの良さが存分に味わえる1本です。