- ワインの産地編
土地の味(2)(フランス・ブルゴーニュ地方シャブリ地区)
2022年02月
(写真)特級畑ブーグロから望むシャブリの村(3月)
前回に続いてフランスのブルゴーニュ地方をご紹介します。今回はシャブリ。辛口白ワインの代名詞であり、世界で最も有名かつ人気のある白ワインの一つと言って良いでしょう。シャブリと言えばまず連想するのが生牡蠣で、ついつい取り上げるのが牡蠣の美味しいこの時期という事になってしまったのも、このワインのブランド力の強さ、長い間に培われたイメージのすり込みの強さとも言えるかも知れないですね。
シャブリはブルゴーニュ地方の北端にポツンとある飛び地で、実際にはシャンパーニュ地方の方が近かったりもしますが、そこはやはりブルゴーニュ。前回のコート・ドールと同様に、つくられる場所による味わいの差、つまり土地の味を見事に表現したワインでもあります。そんなシャブリの魅力を今回は見て行こうと思います。
【シャブリ地区のアペラシオンとその階層】
シャブリを名乗るワインの畑は、シャブリの村の周囲に広がります。コート・ドールと同じ様に、これらの畑はその位置、標高、斜面の向き、日当たり、土壌などの条件によって、4階層に格付けされています。上の地図で見ると、中心がシャブリの村で川(スラン川)を挟んでそのすぐ北東に最も色の濃いオレンジ色の部分があります。ここがシャブリで最も格の高いグラン クリュ(特級)の畑です。斜面の向きは南東~南西を向き日当たり良好、畑の斜面のすぐ横を川が流れる事で水による緩衝効果で気温も他よりも高めになります。フランスの中でも北限と言えるエリアに位置するシャブリではこのような条件が非常に大切になるんですね。土壌もシャブリ付近を帯状に通過しているこの地方独自のキンメリジャンと呼ばれる小さな牡蠣の化石を含んだ泥灰土壌のど真ん中に位置していて、あらゆる面で最高の場所です。という事で、グラン クリュの畑からは大きなボディと密度の高い果実味に加えて、このエリアならではの高い酸も併せ持った凝縮した強いワインが生まれます。しかし、残念ながらその素晴らしい条件の畑は全部で100haしかありません。
川からちょっと離れたり、標高が高くなったり、斜面の向きがより西向きになったり、斜面の斜度が緩くなったりと言った感じで、グラン クリュよりも少し条件が悪くなるのがプルミエ クリュ(1級)の畑で、地図ではやや濃いめのオレンジ色で示されています。
そして、1級の周囲で平地になったり、斜面の向きが北寄りになったり、標高がより高くなったりするのが通常のシャブリの畑で一番色の淡い黄色の部分。
そして4つ目の一番下位に位置する格付けが、薄い緑色の部分のプティ・シャブリとなります。プティ・シャブリの畑は全て黄色いシャブリ以上の格の畑よりも上の標高にあるのが地図で見るとわかると思いますが、実はプティ・シャブリの畑とそれ以外の畑とでは土壌が異なっています。プティ・シャブリは標高が高い、つまり後から堆積した新しい時代(チトニアン)の地層となっていて、この土壌には牡蠣の化石が含まれません。そして、シャブリの代名詞とも言われる”ミネラル感”と言われる牡蠣殻っぽい感じが非常に少なく、クリーンでピュアな果実主体の味わいになるのが特徴です。
という事で、コート・ドール同様にどの畑でつくるかで大きく出来るワインの味わいが変わるというのは共通で、やはりこれはブルゴーニュ地方の大きな特徴だという事になるかと思います。
【シャブリのぶどう品種】
(左)小さな牡蠣の化石を含むキンメリジャン土壌の石 (右)遅霜にやられても生き残り易いシャブリ独特の仕立て方
シャブリの原料ぶどうはシャルドネ100%と決まっています。前回のコート・ドールのところでも述べましたが、シャルドネの特徴はその味わいの多様性。独自の強い香りを持たないニュートラルな風味が特長だけに、生産者が意図した醸造技術がワインの味わいに見事に反映されます。シャルドネの事を「ワインメーカーズ・グレープ」と言ったり、上質な白いキャンバスに例えたりするのは、まさにその醸造技術を反映して、生産者の表現したい味わいを実現する特性を表現した言葉だと言えます。
醸造技術だけでなく、産地の土壌や気候も鏡の様に出来るワインに映し出す力を持つのもシャルドネの特徴です。冷涼な産地で生まれる、レモンや青りんごなどを連想させるフレッシュな果実の香りと、シャープな酸味を持つタイプから、温暖な産地で生まれる、パイナップルやマンゴーなどのトロピカルフルーツやハチミツなどを連想させる甘い香りを放つリッチなものまで、とても同じぶどう品種から出来るワインだとは思えないほどに、実に幅広い味わいのワインがこのぶどうからつくられます。
そして、最も重要なシャルドネの特長はと言えば、色々な醸造技術や多彩な気候や土壌から生まれて来る、それらのワインたちがどれも品質高く、美味しいというところ。ボディの大きさや、飲み応えの強さ、確かな存在感、熟成能力の高さなど、ワイン用ぶどうとしてのポテンシャルの高さは圧倒的と言っても良いのではないかと思います。ワイン用白ぶどうの栽培面積としては、わずかにアイレンに後れを取って2位(2017年O.I.V.データ)ですが、白ぶどうの王様はやはりシャルドネです。
【シャブリの味わい特長】
シャブリはフランスで最も北にある産地の一つで、ブルゴーニュ地方の中心地であるディジョンやボーヌの町よりも、シャンパーニュ地方南部の中心都市トロワの方が実は全然近かったりします。当然冷涼で、シャブリの特長はまずは、レモンなどの柑橘を思わせる香りと、キレのある酸味を基調としたシャープな味わいと言って良いかと思います。さらにそこにシャブリならでは、という点を加えるならば、小さな牡蠣の化石が沢山入ったキンメッリジアンという土壌。ぶどう品種のところで述べた通り、土地の味わいを見事に表現するのがシャルドネというぶどうですから、シャブリにはこのキンメッリジアン土壌の味わいが出て来るという事になります。その風味はワイン用語で「ミネラル感」と良く言われるもの。明快な説明は出来ないものの、牡蠣殼や石灰、ヨードなどを連想させる香りであったり、ほのかにスモーキーな火打石と表現される感じであったり、舌の上がシカシカする様な独特の固体感であったり(筆者の個人的感覚ですが)します。これはある種のワインたちに共通して顕れる風味ですが、中でもシャルドネと言うニュートラルな品種で、かつ醸造も素直な事が多いシャブリで最も感じ取りやすいように思います。シャブリは果実感ではなく、ミネラル感のワインだと個人的には感じますし、ミネラル感を知るのに最も適したワインはシャブリです。プルミエ クリュやグラン クリュは味わいが複雑になって(樽発酵・樽熟成する事も多くなります)ミネラルの感覚がわかりにくくなるので、試すならまずは普通のシャブリがオススメです。
【シャブリにおすすめの料理】
?牡蠣のクラッカーフライ ハーブタルタルソース(写真:澤木 央子)
シャブリ=生牡蠣というあまりにも有名なペアリングの経験則があります。上でも述べた通り、シャブリの土壌には小さな牡蠣の貝殻の化石が大量に含まれています。そして、「その土地から養分を吸い上げたぶどうから作られるワインは牡蠣と合うのだ」と言われると確かに納得するものがありますし、実際試しても美味しく感じます。しかし、辛口白ワインの代名詞であるシャブリはそれだけでは勿体ない幅広いペアリングを愉しめるワインでもあります。上でも挙げている通り、牡蠣も生の必要も無く、風味が活性化する熱を加えた状態の方が美味しく感じる事もありますし、牡蠣以外の貝でも、そして魚でも(赤身は少し違うかもですが)、イカやタコでも、素材を素直に楽しむタイプもしくはクリーム系で調理したタイプなら万能に合います(和風の魚やイカの煮つけなどの場合は味付けが甘すぎると合わない事も)。魚介類に鉄板。ご存知の方も多いかと思いますが、やはりシャブリのこの安心感は強いなと改めて思います。
でも実は、鶏肉や豚肉のような火を入れて白くなるいわゆるホワイトミートとも、シャブリは凄く相性が良いのです。地理的に言うとシャブリはかなり内陸の産地なので、牡蠣を始めとする海産物の産地からは相当遠いです。シャブリの村でごはんを食べた記憶を辿ると、実は全然魚介と合わせていなくて、鶏肉の記憶が殆どでした…。イメージ的にあまり試されないかもしれないですが、美味しいんですよ。
【代表的な1本】
シャブリ(ウィリアム フェーブル)
ウィリアム フェーブルはシャブリの最高峰であるシャブリ グラン クリュの最大所有者であり、品質面でも常にシャブリのトップを走り続けている名ワイナリーです。前月ご紹介した、ブシャール ペール エ フィスとはオーナーが同じ(アンリオ家)の兄弟ブランドです(醸造家は別)。
基本のシャブリは「シャブリと言えばこれ」、と言ってしまっても良いくらいのシャブリのトップブランドの一つ。シャブリという土地の味わいをそのまま映し出したような、ピュアで引き締まった辛口の味わいで、シャブリに強く顕れると言われる牡蠣殻を連想させる”ミネラル”と言われる風味をきちんと持っています。多くの名ソムリエたちもこのワインでシャブリと出会い、シャブリというワインの味わいの軸をここに置いていると聞きます。このワインの素晴らしさは、多くの場所で購入可能な、非常にポピュラーな銘柄でありながら、常にシャブリのトップクラスに位置する、安定した高い品質を保っているところかと思います。シャブリをこれから知りたい方も、シャブリを少し知っている人も、シャブリを既に良く知っている方も、誰もが満足出来る1本です。