- ワインの産地編
有名産地の良し悪し(イタリア・トスカーナ州・キャンティ地方)
2022年07月
(写真)キャンティ地方に広がる美しい丘の風景
イタリアで最も有名なワイン「キャンティ」。イタリアのワイン法における最高峰のDOCGに格付けされる赤ワインですが、購入してみようとすると、安いものだと3桁のお金を出せば購入出来てしまうものもあります。もちろん高級なキャンティもある事はあるのですが、多くのキャンティは比較的購入しやすい価格帯です。「有名&高格付」なのに安いというのは何か不思議な感じがします。一体何故、そういう事になるのでしょうか?
もう一つ。キャンティと名前がつくワインが実は沢山あります。ただのキャンティ、キャンティ・クラッシコ、そしてキャンティの後にルフィーナなどの追加の地名が付くサブ・リージョン。特にキャンティとキャンティ・クラッシコは同じ様に見えますが、わりと異なるワインです。この辺りの違いも含めて、今回はキャンティという産地を見て行きたいと思います。
【キャンティ地方】
キャンティ地方はトスカーナ州の内陸部。トスカーナ州の州都フィレンツェと、その南に位置するシエナの間に広がる美しい丘陵地帯がキャンティ地方と呼ばれるエリアです。元々キャンティはこの地方で生産されるワインの名前でした。優れた石灰&泥灰質の土壌と、程よく高い標高、丘陵による適度な斜面などの好条件を備えたこのエリアは上質なワイン生産に適しており、高い評価を得ていたのでワインはとても良く売れました。良く売れると物が足りなくなるのはどこでも同じ。増える需要に応えるために、キャンティは元々のキャンティ地方の外側に徐々にその産地を広げていきました。結果として元々の優れた土壌や地勢を持たないエリアからのワインも、キャンティと呼ばれるようになりました。現在のキャンティはトスカーナ州の内陸部の大部分をカバーする巨大な産地となっています。上の地図でもわかる通り、なんとブルネッロ・ディ・モンタルチーノやヴィーノ・ノービレ・ディ・モンタルチーノと言った有名産地も実はキャンティの産地に含まれているんですよ。当然ながら、その広い産地内でつくられるワインなので、スタイルや品質もバラつく事になります。生産量も多く毎年イタリアのワイン呼称の中でもトップ10に入る大量のキャンティが生産されています。
そんなキャンティの状況に不満を持っていたのが、元々のキャンティ地方の生産者たち。キャンティの名前が傷つくのを恐れた彼らはキャンティ・クラッシコの名前の別のDOCGとして1996年にキャンティから独立しました。ぶどう品種もほぼ同じですし、もちろん似たタイプのワインではありますが、クラッシコはキャンティとは異なる力強さとフレッシュさを併せ持ったワインです。それに対してキャンティはより軽やかでフレッシュな果実味を楽しむタイプの、日々の生活のためのフードフレンドリーなワインと言えるかと思います。有名だけどカジュアル。その親しみやすさがキャンティの魅力です。
【キャンティのぶどう品種】
写真:共に丘陵地帯に広がるサンジョヴェーゼの畑
キャンティはサンジョヴェーゼ種を主体につくられる赤ワインです。イタリアのワイン法におけるDOCGキャンティのぶどう品種規定は、サンジョヴェーゼを最低70%(サブゾーンのコッリ・セネージのみ最低75%)使用(100%でも可)。その他の認可赤品種(カナイオーロ・ネロ、コロリーノ、マルヴァジア・ネラ、チリエジョーロ、マンモロなどの伝統品種と、ボルドー品種のメルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン)は最大30%(ボルドー品種は10%)まで。10%まで白品種(マルヴァジア・デル・キャンティ、トレッビアーノ・トスカーノ)を混ぜる事も可能。となっています。このぶどう品種比率は19世紀の貴族ベッティーノ・リカーゾリ男爵が提唱したキャンティの理想的なブレンド(サンジョヴェーゼ70%、カナイオーロ・ネロ20%、マルヴァジア・デル・キャンティ[白ぶどう])を踏襲して法律化したもの。19世紀の消費者は飲み易さを求めて、軽やかになる白ぶどうのブレンドを好んだらしく、このブレンドの成功によってキャンティはアメリカで大きな市場を獲得し、イタリアで最も有名なワインになったと言われています。しかし、黒ぶどうに白ぶどうを混ぜるという事は赤ワインらしさを薄めるという事で、一部の例外(香りを出すための混醸など)を除いて、現代のワインづくりでは行われません。現在では白ぶどうを混ぜる事は任意となっていますが、2006年までは10%の白ぶどうブレンドが義務付けられていました。これはキャンティ・クラッシコが離脱する原因の一つとなったと言われています。
現在はサンジョヴェーゼ100%のキャンティが増えていますが、それぞれの品種がワインの味わいに与える影響は以下の通り
サンジョヴェーゼ[Sangiovese]…イタリアを代表する黒ぶどう。多彩なスタイルのワインになる可能性があるが、基本はしっかりとした骨格と強い酸味をワインに与える。
カナイオーロ・ネロ[Canaiolo Nero]...サンジョヴェーゼの良きパートナー。やわらかな赤い果実味を持ち、ブレンドでサンジョヴェーゼの酸味をやわらげる役割を持つ。
コロリーノ[Colorino]...色という意味の名前の通りワインは分厚い果皮由来の濃い色調とタンニンを持ち、ブレンドでワインの色を濃くし、全体の味わいを引き締める役割を持つ。
チリエジョーロ[Ciliegiolo]...チェリーという意味の名前の通り、ジューシーな果実の香りを持つ品種
マンモロ[Mammolo]...コルシカ島でシャカレッロと呼ばれる品種。色が淡く、タンニンが優しいぶどう品種で、ワインにとても華やかな赤果実と地中海のハーブを思わせる香りをもたらす。
【キャンティのサブリージョンと上級キュベ】
上でも述べた通りキャンティは巨大な産地なので、より産地の特徴がわかるように以下の7つのサブ・リージョンが認められています。(1)ルフィーナ、(2)モンテスペルトリ、(3)モンタルバーノ、(4)コッリ・セネージ、(5)コッリ・フィオレンティーニ、(6)コッリ・ピサーネ、(7)コッリ・アレティーニ。これらはより生産地が限定され、求められる最低アルコール度数も高く(より熟した果実が求められる)、最低熟成期間も長く設定されています。キャンティの後ろにこれらの名前がつくものは、1ランク上のキャンティと言って良いでしょう。そんなキャンティに1997年のモンテスペルトリ以来、25年振りの新しいサブ・リージョンが認められそうだというニュースが今年の4月に飛び込んで来ました。その名は「テッレ・ディ・ヴィンチ[Terre di Vinci]」。その名前の通り、レオナルド・ダ・ヴィンチがの生家があるフィレンツェの西に位置するヴィンチ村周辺のエリアと言う事です。今回最後にご紹介しているレオナルド・ダ・ヴィンチのワイナリーがあるところですね。地中海からの涼やかな風が吹き、石灰質と粘土が重なったところに大量の海洋生物の化石が混入した特徴的な土壌だそうです。
サブ・リージョンとは別に上級品のキャンティとみなされるカテゴリーがあります。それはリゼルヴァとスペリオーレ。リゼルヴァはその名の通りリザーブ(=取っておく)で、通常のキャンティは収穫翌年3月1日から販売可能なところ、リゼルヴァは2年間の熟成期間(うち最低6か月は木樽熟成)が求められます。元々のワインの品質が高くないと長期熟成出来ないので、リゼルヴァには良いワインが使われます。単に時間だけでなく、その意味でもリゼルヴァは上級品なんですね。それに対してスペリオーレは通常のキャンティよりも0.5%アルコール度数が高い事が求められます。アルコールが高い=元々のぶどうの糖分が高い=よく熟しているという事なので、これも良いぶどうが使われた上級品になります。今回、これら2つに加えて、最上級のグラン・セレツィオーネというカテゴリーが出来る事になりました(導入は少し先になりそう)。これは既にキャンティ・クラッシコで導入されているカテゴリーですが、キャンティも品質向上に本腰を入れ始めたのかなと期待してしまいますね。
【キャンティにおすすめの食べ物】
トスカーナには海もあり、海岸部では当然魚も食べるのですが、キャンティのある内陸部は肉食文化圏。州全体で見ても赤ワインの生産比率が85%と、イタリア20州の中でも圧倒的に赤ワイン比率が高いのがトスカーナです。丘陵地帯が多くを占めるこの州は、美しい風景の自然が残されている事でも知られており、そこで育った猪や野ウサギ、鹿などと赤ワインを合わせるのが定番です。この州の名物としては美味で知られる白い牛キアニーナもあり、これらの肉をシンプルに焼いて、トスカーナの素晴らしいオリーブオイルをかけたものに、この州の赤ワインというのは何とも言えない説得力のある組み合わせです。
今回はキャンティ(キャンティ・クラッシコやブルネッロでは無く)ですので、トスカーナの赤ワインの中では軽やかで、心地よい酸味と軽快な果実味を楽しむタイプが主流です。もちろん肉が合うのですが、肉の中でも加熱してもあまり色が濃くならない鶏肉や豚肉との相性がキャンティは良い様に思います。もちろんイタリアンの必須素材とも言えるトマトとの相性も抜群です!牛肉や猪肉などの加熱して色が濃くなるお肉と合わせる時はタリアータの様に薄切りにしたり、挽肉を使ったラグーにするとピッタリとした相性が生まれて来ると思います。
【代表的な1本】
レオナルド キャンティ リゼルヴァ (レオナルド ダ ヴィンチ)
レオナルドはイタリアワイン評価本「ガンベロロッソ」において、幾度もコストパフォーマンス賞に輝くお買い得キャンティの決定版。こちらはそのレオナルド キャンティの上級版。サンジョヴェーゼ90%に10%のメルロをブレンドする事で、フレッシュさを保ちつつ、果実のボリュームとまろやかさを産み出しています。フレンチオークの小樽で10ヶ月感熟成された、凝縮感と滑らかさを両立した味わいです。キャンティらしいブラックチェリーやスミレの花、鉄を思わせる香りに加えて、樽熟成による時にエスプレッソコーヒーを連想させる香ばしさや、時間が生むバラなどのフローラルさ、革系の香りも感じさせてくれる1本です。