- ワインの産地編
世界で最も過小評価されているワイン生産国?
2021年03月
タイトルの「世界で最も過小評価されているワイン生産国」と聞いて、皆さまはどの国を連想されますか?
ポルトガル?確かに。実際にポルトガルの生産者団体が自分たちでもそう言ってました。
ルーマニア?わかります。平均品質の高さを考えると明らかに過小評価だと僕も思います。
チリ?価格と品質の良い意味でのアンバランスを考えると、その意見にも深く頷きます。
中国?情報量が少なく経験する機会が少ないものの、生産量も凄いですし、中にはブラインドで飲むとボルドーのトップクラスと間違えるようなものもありますよね。
でも、今回取り上げたい国はドイツです。「ドイツ?甘くて飲みやすいワインの国でしょ?」と思っている方や、「もう十分評価されてるんじゃない?リースリングの原産国だし、元々素晴らしいワインつくってるよね?」と思われる方、中には「ビールじゃなくてワイン?」という感じの方もいらっしゃるかもしれません。
ドイツのワイン生産量は長く世界のトップ10に入って来ましたし、ワインづくりの歴史もローマ帝国時代から2,000年近くになる、押しも押されぬ大ワイン生産国です。何故そんな国が過小評価されていると言えるのか?それには3つの理由が考えられます。今回はドイツ最大の産地であるラインヘッセンからその理由を考えてみたいと思います。
産地の地図
【気候】
1つ目の理由はこの30年で地球規模で急速に進んだ大きな気候変動です。
ドイツは伝統的なワイン生産国の中では最北に位置する、最も冷涼なワイン産地の一つでした。つまり、これまでの気候だと、ドイツでのぶどう栽培の最大のリスクは寒くてぶどうがうまく熟さない年が(わりと頻繁に)あるという事でした。それが近年の地球温暖化の進行で、毎年安定してぶどうが完熟するようになってきています。少し前までは酸味が目立つ傾向がありましたが、近年は充実した果実味と酸味のバランスが取れた味わいになって来ている気がします。ドイツのぶどう全体の熟度が上がり、平均的な品質が上がっていると言えるでしょう。世界の(特に温暖な)ワイン産地の多くが、温暖化による多くのリスクと待ったなしに向き合っている中で、今のところは温暖化の影響がマイナスよりもまだプラスに働く事が多いのが、ドイツワインの持つ大きなアドバンテージです。
しかし改めて考えてみると、ドイツワインの品質向上に対して世界的な評価のスピードが追い付いていないというところにも、今の地球温暖化のスピードの急激さが顕れているようにも思います。そう思うと恐ろしい事ですね。
【ぶどう品種】
2つ目の理由が栽培されているぶどう品種の大きな変化です。上の2つの表を見て下さい。ラインヘッセンに植えられていたぶどうの品種ごとの栽培面積の2003年と2019年の数値です。右の2019年で大きく増加している品種を青字、減少している品種を赤字にしてあります。大きく増加している品種がリースリングとブルグンダーの名前がつく3つ品種の合計4つ。逆に大きく減少しているのが、ミュラー・トゥルガウ、シルヴァーナー、ポルトギーザー、ケルナーの4品種です。わずか15年で急激な変化が見られる事がわかります。
当然、これだけ栽培されるぶどう品種が変わってくると、出来てくるワインの味わいにも大きな変化が出て来ます。それぞれがどんなワインをうむのかを見てみましょう。
【リースリング】ドイツ原産の白ぶどう。ドイツの高品質ワインの代名詞とも言える、偉大な品種。透明感溢れる果実味と華やかな香り、鋭い酸が特長。辛口から甘口まで幅広いスタイルがつくられる。
【シュペートブルグンダー】ピノ・ノワールのドイツでの呼び名。ブルグンダーはドイツ語で「ブルゴーニュの」を意味し、ブルゴーニュのぶどうという事でピノの事。最高品質の赤ワインをうむぶどうの一つ。ドイツでの歴史は古く9世紀頃から栽培されていたとされる。
【グラウブルグンダー】グラウはグレーなのでピノ・グリの事。世界中で栽培が増加中の注目品種。ふくらみのある果実味の高品質な辛口ワインがうまれる。甘口にする場合はルーレンダーと呼ばれる事も。
【ヴァイスブルグンダー】ヴァイス=白で、ピノ・ブランの事。こちらはシャブリを連想させるような、引き締まったスタイルの辛口のワインがうまれる。
【ミュラー・トゥルガウ&ケルナー】ドイツ原産の交配品種。共に白ぶどう。フルーティでアロマティックな風味を持ち、ドイツの冷涼な気候に適応して、早熟かつ安定した収量を産む。主にほのかな甘口の軽やかなワインをうむ。
【シルヴァーナー】オーストリア原産とされる白ぶどう。あまり特徴は強くないが、フランケンなどでは高品質な辛口ワインをうむ事も。
【ポルトギーザー】ドイツ原産の伝統的な黒ぶどう。軽めでフルーティな赤ワインをうむ。
【ドルンフェルダー】ドイツで生まれた交配品種。濃い色調と力のある果実味を持つ高品質な赤ワインをうむ力を持つ。
こうやって見てみると、増加しているのは高品質なワインをうむ国際品種、減少しているのはドイツで生まれた多産型の交配品種という事で、このエリアのワインがわずかの間に大きく量⇒質へと方針を転換した事がわかるかと思います。
【ワインスタイルの変遷】
20世紀以降のラインヘッセンは、ドイツで最も有名なワインとも言える「リープフラウミルヒ(聖母の乳)」の主要産地として知られて来ました。1980年代にはなんと、ドイツ全体のワイン輸出量の60%がリープフラウミルヒであったと言われています。このリープフラウミルヒは45g/L以上の糖分を含む柔らかな甘口。主要なぶどうはミュラー・トゥルガウ、リースリング、ケルナー、シルヴァーナーの4品種です。
一つ前のぶどう栽培面積の推移から見た通り、減少しているのはリープフラウミルヒの主要品種であったミュラー・トゥルガウ、ケルナー、シルヴァーナー。そして増加しているのが、辛口ワインが主体となるピノ系品種。つまり、気軽に飲める軽やかな甘口のスタイルのワインが大きく減少して、辛口のワインが大きく増加しているという事です。
リースリングは辛口から甘口まで幅広く生産しますが、増加しているのは辛口~やや辛口のスタイル。以前はぶどうが完熟せずに、果実のボリュームに対して酸が高くなり、そのバランスを取るために、やや甘口にしていましたが、近年の気候変動でぶどうが完熟するようになった事、またそれに伴う主要なぶどう品種の変化によって辛口が主体になりました。ラインヘッセンだけの数字ではありませんが、ドイツ全体のワイン生産量で言うと、既に全体の70%が辛口かやや辛口です。
まとめると、気候変動、それに伴う品種の変化、それに伴う味わいスタイルの変化の3つの要素が急速に同時進行した結果として、3つの要素を全てをキャッチアップして、きちんと理解している人々が少ないというのが、今のドイツワインの姿だと思われます。
伝統ある有名な産地で、過去の姿が良く知られているからこそ、今を誤解され過小評価されているのですね。過小評価されているという事は、品質に対してお買い得だという事。今のドイツワインはとてもオススメです。
【代表的な1本のおすすめ料理】
上の2品は実際に試してみて良かったものですが、グラウブルグンダー(ピノ・グリ)は仄かなスパイシーさと厚みのある果実感、奥に感じるゴマ油を思わせるスモーキーな風味から、エスニック料理に相性の良いぶどう品種として知られています。特に辛口のワインは唐辛子の辛さや、スパイシーな風味が強すぎるものは苦手な傾向がありますが、そんな時にとても重宝するワインですので是非お試し下さい。
エスニック料理以外だと、中華料理のお供の定番だったり、ヴェトナム料理などアジアンフード全体とも相性抜群です。西洋料理だと、魚よりも、鶏肉や豚肉など火を通した時に白っぽくなるお肉と相性が良いように思います。
【代表的な1本】
ロバート ヴァイル ジュニア グラウブルグンダー
ロバート ヴァイルは1868年創業で歴代ドイツ皇帝に愛された歴史を持つドイツを代表するワイナリ―の一つです。1988年からサントリーグループに加わっています。
アロマティックな黄桃や煮詰めたりんご、アカシアのハチミツの香りがあります。やわらかなアタック、まろやかで穏やかな酸と、ほろ苦さが心地よい辛口の白ワインです。