サントリー1万人の第九サントリー1万人の第九

サントリー1万人の第九のつくりかたサントリー1万人の第九のつくりかた

1万人が第九を経験するということ

大阪城ホール(大阪市中央区)で12月4日に開催された「第34回 サントリー1万人の第九」。本番終了後、大阪の街は「第九一色」に染まった――。今年、合唱団として参加した人々の感想を通し、1万人の第九の魅力は何かを再考する。【構成・西田佐保子】

本番終了後に行われた「100人のヴォーネン会」で第九を合唱する1万人の第九合唱団のメンバー=ホテルモントレ ラ・スール大阪(大阪市中央区)で2016年12月4日、西田佐保子撮影

街中に「フロイデ!」があふれる大阪の夜

「今年、念願だった母との共演がかないました」。そう話すのは、東京クラスの吉田憲二さん(33)。当時、大阪の大学に通っていた憲二さんが初めて1万人の第九に参加したのは2006年。東京で就職後も、東京クラスのレッスンに参加し、抽選で落選した年以外、毎年第九を歌ってきた。14年、憲二さんの姿を見るために大阪城ホールに足を運んだ京都在住の母、文子さん(66)は1万人の第九に感動し、翌年、1万人の合唱団に応募した。しかし、憲二さんは落選。親子共演はかなわなかったが、文子さんは憲二さんが大学時代に通った京都クラスでレッスンに励んだ。

「実家に電話するたび、『次は◯日がレッスンやねん』と話す母の声はとてもイキイキしていました」とほほ笑む憲二さんは、帰省した際、家で文子さんを「特訓」したという。

今年は無事2人とも当選。息子との共演を楽しみにしていた文子さんは、「いまや自分自身の楽しみ。共に喜びを分かち合っている人たちを見ているだけでうれしくなります。来年も参加したいです」と語る。

「親子共演の夢がかなった」という吉田憲二さん(写真右)と吉田文子さん=写真提供:吉田憲二さん

「僕が毎年楽しんで第九に参加している姿が母の関心を引き、つられて始めた母が楽しそうにレッスンに参加しているのを見て、また改めて1万人の第九の魅力に気付きました」と語る憲二さんは、本番終了後、東京クラスで出会った仲間たちとの飲み会に参加。その後、クラスのメンバーが参加する打ち上げにも顔を出し、第九を熱唱したという。

1万人の第九のイベント終了後、大阪市内で一体何回、第九が歌われたのだろう。「サントリー1万人の第九 森ノ宮Aクラス 打ち上げ会場」と書かれた張り紙が、PRONTO 大阪ビジネスパーク店(大阪市中央区)の前に張られていたが、大阪城ホール近辺のレストランや居酒屋を貸し切って打ち上げするグループも多い。

銀座ライオン大阪ツイン21店(大阪市中央区)のBGMは第九。その理由を店員に尋ねてみると、「今日は1万人の第九の日だから特別です」とのこと。「佐渡さん、すてきだったね」「(佐々木)蔵之介さんの朗読良かったね」などの会話から、店内には1万人の合唱団員の多いことがうかがえた。個室では腕を組み、第九を合唱しているグループの姿もあった。

非現実的な現実を経験できる1万人の第九

ホテルモントレ ラ・スール大阪(大阪市中央区)では、「100人のヴォーネン会」が開催されていた。近畿クラスの参加者が有志で、毎年大規模な打ち上げを行っているそうだ。会の後半、1万人の第九のDVDをスクリーンに映して参加者全員で大合唱。歌いきると、隣の人と握手したり、抱き合ったりしていた。

「今年で3回目」だという、参加者の一人で、小さい頃からピアノや琴、ギターなどさまざまなジャンルの音楽を楽しんできた平岩佐知子さん(30)は、1万人の第九に参加したピアノの先生に「とても良かったから歌ってみたら」と誘われ、合唱団に応募した。「初参加の年は、仕事が忙しくて、ストレスでご飯も食べられない状態でしたが、1回目のレッスン終了後に、おなかがすいてきました」と当時を振り返り、「ストレス発散にもなって、人生のいい時期に1万人に出合えました」と語る。「新たな世界に飛び込むことで、年齢も職業もバラバラな仕事を通じては会えないさまざまな人と出会い、交流も深まって、本当良かったと思います。来年も参加したいです」と続けた。

当日の幹事の一人が芝沙織さん(31)だ。今回で参加は6回目で、これまで1万人の合唱団に応募し、一度も落選したことがない。「来年も歌いたいですか?」との問いに、「はい。第九は難曲です。歌えば歌うほど、その難しさを痛感します。もし、音楽の神様がいるのなら、『あなたはまだまだ練習が必要』という理由で、毎年抽選に受かっていると思うので、落選しない限りは歌い続けます」と力強く答えた。そんな芝さんにとって、1万人の第九とは何だろうか。「人の数だけ、考え方や生き方、そして物語があります。同じ一つの曲を歌うだけで、こんなふうに、隣の人と楽しく幸福な時間を共有できる。日常、人と人とはわかり合えず、わずかなことで衝突したりすることもあるのに、音楽を通し、何の垣根もなく、人と人とがつながれる。1万人の第九との出合いで、音楽の素晴らしさを再確認できました」

北海道から沖縄まで、さまざまなバックグラウンドを持つ6歳から92歳までの1万人の男女が同じ目標に向かい、3カ月間の厳しい練習を経て一つの作品を作り出す。そんな「非現実的な現実」を経験できる機会は他にあるだろうか。「1万人の第九のつくりかた」の連載を通し、裏方でイベントを支えるスタッフ、各地の合唱指導者、1万人の合唱団員と出会い、自身も過去に参加し、多くの友人と出会い、第九の奥深さを知った筆者は、その魅力を再発見した。(おわり)

毎日新聞ニュースサイト
「クラシック・ナビ」に2016年掲載
http://mainichi.jp/classic/

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