1万分の1の責任と、プライドを持ちましょう
清原浩斗さんインタビュー
「若さの秘訣(ひけつ)は、音楽が好き、仲間が好き、感動が好き、そこですよ。皆で第九を作り上げる感動で若返ります」。「若々しさの理由は?」との問いにそう答えたのが、「サントリー1万人の第九」がスタートした1983年から合唱指導を担当してきた、全日本合唱連盟常任理事で、大阪府合唱連盟会長の指揮者、清原浩斗さん(67)。合唱指導を行うようになったきっかけ、1万人の第九の魅力などについて語ってもらった。【構成・西田佐保子】
毎年が常に新しい
現在、年末に第九のコンサートを開催しているアマチュア合唱団は数多くありますが、1万人の第九のスタート当時はめずらしく、大阪だと1962年に発足した大阪新音フロイデ合唱団くらいしかありませんでした。大阪新音フロイデ合唱団で合唱指導をされていた故・桜井武雄先生に「清原君も手伝ってよ」と声をかけてもらったのが、私が1万人の第九の合唱指導を担当するようになったきっかけです。「1万人で第九を歌うってアホか。でもぜひやりたい。やらせてください」とお願いしました。33歳でした。今では、1回目から合唱指導しているのは、私だけになりましたね。
1回目は、まあ大変でしたよ。皆さんなかなか歌えなくて苦労しました。第1回から第16回(98年)までの山本直純さんが指揮をされていた時は、「合唱団と観客を合わせて1万人」だったので、かなりテンポはゆっくりでした。17回目からタクトを振る佐渡裕さんは全く逆。合唱団の人数は1万人を超え、観客は歌わなくなったのでテンポは早くなり、より勢いのある第九になっています。「その速さでやる?」「無理じゃない?」と思うほどですが、皆それに食らいついてくる。佐渡さんのオーラを浴びる「佐渡練」(本番前に行う佐渡さんと合唱団との合同練習)で、佐渡さんの思いや願いが伝わり、1万人の気持ちが一つになるからでしょう。
経験者が増えてきたのもあるでしょうが、ここ10年、特にここ5年の仕上がりは素晴らしいです。佐渡さんも「前年より良くしたい」との思いで取り組むので、年々進化しています。だからこそ、1万人の第九は常に新しいんです。
第九を初めて歌う人には基礎の基礎から教えないといけないでしょ。そこがおもしろい。だから私は初心者向けのクラスを教えています。レッスン最終日、全く歌えなかった人に「先生のおかげで歌えるようになりました。ありがとうございます」と感謝される。レッスン最終日には、感動して泣き出す人もいます。そして本番で、さらに素晴らしい歌声を披露する。人の成長が本当におもしろいんです。
自分を信じて、仲間を信じて
1万人の第九のレッスン日は朝から緊張します。朝から燃えています。教える人数も多いでしょ。それに第九という大変な曲だから。「今日は1万人だな」と意気込みます。2時間立ちっぱなしで教えるので体力も必要です。こちらが全力で取り組まないと、皆ノッてこない。皆がちゃんとノッてるか、またいかにして全員が一緒に大阪城ホールで本番を迎えられるかを考えて指導しています。合唱は皆で作るものです。そして笑顔だと明るい声が出るでしょう。だから、皆が笑顔で歌える雰囲気作りも大切にしています。
「人類が兄弟になる」。そんなメッセージのある合唱曲は、第九以外に存在しません。私個人の仕事として、2000年1月に東西ドイツ統合10周年記念日独合同第九をベルリンのフィルハーモニー(ホール)で開催しました。国籍も人種も超えて演奏し、皆で抱き合って泣きました。さまざまな面で不安な世の中で、第九の強いメッセージが多くの人の心に響くのだと思います。
だから、1万人の第九を今年初めて歌う人は、自分を信じて、仲間を信じて。良い声で、地声にならないように歌いましょう。そして、1万分の1の責任と、プライドを持つ。「私一人くらいかまへん」ではダメです。経験者には「いつでも歌えるわ」って思ってほしくない。ソロではなく、合唱です。1万人の第九は、1万人が一つになって熱い思いで歌う挑戦でもあります。 私にとって、1万人の第九は青春ですね。毎年、新たな仲間が増える喜びもあるし、ライフワークとも言えます。今年で合唱指導も34回目。「もういいかな」と思うこともあるけれど、「もう、あいつ来んでええわ」と言われるまで、頑張ります。
毎日新聞ニュースサイト
「クラシック・ナビ」に2016年掲載
http://mainichi.jp/classic/