音楽で社会にお返しを
すべては「やってみなはれ」から始まった――。1983年にスタートした「サントリー1万人の第九」は、サントリーの協賛なくして実現に至ることはなかっただろう。サントリーホールディングス執行役員コーポレートコミュニケーション本部長の福本ともみさんに、協賛に至るまでの経緯、「サントリー1万人の第九」にかける思いなどを聞いた。
「心も豊かにするには文化が必要だ」
「サントリー1万人の第九」のチーフプロデューサーである毎日放送の山川徳久さんもお話しされていましたが、弊社の代表取締役社長だった佐治敬三の元に、当時、事業本部長で後に代表取締役社長・会長になられた毎日放送の斎藤守慶(もりよし)さんが「サントリー1万人の第九」の企画説明と協賛の依頼にいらっしゃいました。チャレンジ精神あふれる大胆な企画に、佐治は「やってみなはれ」と賛同したそうです。
サントリーでは、事業によって得た利益を「事業への再投資」「お得意先・お取引先へのサービス」だけでなく「社会への貢献」にも役立てたいという「利益三分主義」を創業時から掲げておりました。創業者の鳥井信治郎が(サントリーの前身である)鳥井商店を創業した際(1899年)、世の中はまだ貧しい時代だったため、社会福祉活動に積極的に取り組んでいました。佐治の社長就任時(1961年)、日本は高度成長期真っただ中。「これからは経済だけでなく心も豊かになっていかなくてはいけない。それには文化だ」との強い思いを抱いていたといいます。
東京に経済も文化も集中するなか、大阪の企業として、大阪中心に関西を盛り上げていかなければいけないという意識もあったようです。「1万人で第九を歌う」というアイデアは、大胆でスケールが大きい。大阪らしくお祭り的でありながらも同時に、「すべての人は兄弟になる」というベートーヴェンの普遍的なメッセージを歌い上げる、上質で芸術性の高い文化のイベントでもあります。「サントリー1万人の第九」への協賛は、佐治の「文化で社会にお返ししたい」との考えに合致したのでしょう。
では、なぜ文化か。サントリーが掲げる企業理念「人と自然と響きあう」には、「人々に豊かな生活を届けたい」という思いが込められています。豊かな生活には「文化」が重要な意味を持ちます。私たちは、ワイン、ウイスキー、ビールなどの販売と同時に、「お酒をたしなむ」西洋の文化も広めてきました。クラシック音楽も西洋文化の一つです。音楽のある生活とない生活では、豊かさが全く違います。西洋の音楽の楽しみ方を日本に根付かせていくのは、サントリーの使命と言えるでしょう。佐治自身、音楽に対する思い入れが人一倍強く、99年に亡くなるまで、「サントリー1万人の第九」に参加していました。
第九は、音楽的に難しいですよね。それを1万人で、しかもアマチュアの合唱団が歌う。「実現可能なのだろうか」と、社内で心配する声はあったでしょう。しかし、大阪で生まれた会社として、困難に挑戦することの価値を大切にする会社として、破天荒な企画を実現することを通じて関西を元気にしていきたいという思いが勝ったのだと思います。
「みんなが支えている」ことを伝えたかった
今年で「サントリー1万人の第九」は34回目となりますが、1995年に阪神大震災、2011年に東日本大震災を経験しました。阪神大震災の時には、「まさに被災したこの地で、第九を歌っていいのか」という議論はありました。でも、こんな時だからこそ、人々に勇気や力を与えるイベントが必要ではないか。「立ち上がり、前を向いて歩いていく」というメッセージを込めて、1万人が歌う意味があるはずだという結論に達し、「響きあって、あしたへ」をテーマに、被災地からも、神戸フィルハーモニックや神戸市混声合唱団などに参加してもらい、二元中継で神戸と大阪城ホールをつないで第九を歌いました。
東日本大震災のときは「東北に元気をお届けするために開催しよう」と、岩手・宮城・福島の被災地3県から合唱団を募集して、大阪城ホールと東北会場を中継で結んで合唱しました。震災復興支援活動の一環として、11〜13年は中継で、14年は合唱団200人を大阪にご招待して、一緒に歌っていただきました。「お礼の気持ちを届けたかった。私たちは元気でやっていますよと伝えたかった」「本当に一つなんだと感動した」といった言葉をいただきました。
「サントリー1万人の第九」は、大阪の活気や元気を発信できるイベントだと感じています。毎日放送さんと共に、次の世代につなぎ、大阪だけでなく全国に、そして日本だけでなく世界にも1万人の第九を発信していきたいと思います。
毎日新聞ニュースサイト
「クラシック・ナビ」に2016年掲載
http://mainichi.jp/classic/