1万人のエネルギーに包まれた大阪城ホール
12月4日午後3時から大阪市中央区の大阪城ホールで、今年で34回目となる「サントリー1万人の第九」が開催された。総監督・指揮は佐渡裕さん、演奏は兵庫芸術文化センター管弦楽団。ソリストは、並河寿美さん(ソプラノ)、 谷口睦美さん(メゾ・ソプラノ) 、西村悟さん(テノール)、 キュウ・ウォン・ハンさん(バリトン)。当日は、1万4800人以上の応募の中から抽選で選ばれた1万人の合唱団が集まった。最年長は92歳、最年少は6歳(12月4日現在)。さらに、今回はオーストリアからの合唱団25人も参加した。本番当日の模様をリポートする。【構成・西田佐保子】
本番当日朝の毎年恒例「写真撮影大会」
12月4日午前8時、タキシード姿の男性と白いブラウスに黒のロングスカート姿の女性らが、大阪城ホール前の広場に集まっていた。「Freude!(フロイデ)」の掛け声と共に、各所で写真撮影が行われている。毎年おなじみの光景だ。1万人の合唱団は9時に大阪城ホールに集合。リハーサルを経て、本番を迎える。前日も夕方からリハーサルがあるため、関西圏以外に住む合唱団員は前日から大阪入りしている。
名古屋クラスのグループで写真撮影をしていた、今年初参加となる佐渡さんファンの高井進太郎さん(16)は、「もう少し佐渡さんの世界に触れてみたかった」と合唱団応募の理由を語る。前日のリハーサルを経験し、「佐渡練もすごかったけど、1万人の合唱はスケールが違いました」と話した。静岡県在住ながらも名古屋クラスに通っていたという初参加の坂田奈緒子(20)さんも、「1万人だと声に厚みが出ます」と言う。
ベートーヴェンが嫉妬する「Hey Jude」
午後3時、来年開催の武道館公演のチケットが1分で完売したという、大人気の高校生ガールズボーカルグループ、Little Glee Monster(リトル・グリー・モンスター)による「Seasons Of Love」(ミュージカル「RENT」より)で1万人の第九コンサートの第1部がスタート。
続いて、注目のフランス人若手ピアニスト、リュカ・ドゥバルグがベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19 第2楽章・第3楽章を演奏。技巧的、かつ情感あふれる演奏を披露した。
第1部の最後は、再びLittle Glee Monsterが登場。来日から今年で50年というザ・ビートルズの「Hey Jude」を1万人の合唱団と共に歌った。「Nah nah nah nah nah nah, nah nah nah, hey Jude」。サビの部分の合唱がホールに響く。指揮者の佐渡裕さんは、「『誰でも口ずさめる曲を作りたい』と第九を作ったベートーヴェンは、この曲を聴いたら悔しがると思う」と語った。
「持てる力を全て出し切った」と語る佐渡さん
休憩を挟み第2部がスタート。まずは、第九の歌詞の元となったシラーの詩「歓喜に寄せて」を翻訳・編集した「よろこびのうた」を、2カ月間、第九を聴きながら過ごしたという俳優の佐々木蔵之介さんが朗読。「全ての人は兄弟になる」というメッセージを力強くも繊細に読み上げた。
続いて、ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付」の演奏がスタート。第4楽章が始まり、123小節目、2度目の「恐怖のファンファーレ」のタイミングで、1万人の大合唱団が一斉に起立。ライトが当たる。東京で11月23日に行われた「佐渡裕特別レッスン」で佐渡さんは、「自分にとって今年のフロイデ(喜び)は何だったか。具体的に頭に思い浮かべましょう。本番でその思いを込めて歌ってください」と合唱団に語りかけた。「フロイデ!」。男性コーラスの最初の発声が会場に響き渡る。そして、1万人のエネルギーが会場を包み込んだ。演奏終了後、合唱団員、観客の拍手が大阪城ホールに鳴り響いた。泣いたり、抱き合ったりする団員の姿もあった。
「引き裂かれた者を再びつなぎ合わせる不思議な力。全ての人が兄弟のように互いをいたわり、悲しみや苦しみを乗り越えることで喜びに包まれる。私たちはベートーヴェンが第九に込めた思いを今年も歌い継ぐことができました」。「蛍の光」の演奏をバックに、司会者の羽鳥慎一さんが会場に語りかける。「歌い継いでいきましょう、喜びの歌を。来年が、今年より一つでも喜びが多い年でありますように。また来年、ここ大阪城ホールでお会いしましょう」。演奏後、会場は再び大きな拍手であふれた。
イベント終了後の記者会見で、昨年に引き続き出演したゲストのLittle Glee Monsterの麻珠さんは「あの場にいた皆さんの音楽への愛を感じて、私たちも一緒の気持ちで歌えたことがうれしかったです」とコメントした。佐々木さんは、「今日は、この場にいられて、本当に幸せでした。この経験は一生の思い出になります。(今年亡くなった)父は、私が朗読をすると聞いてとても喜んでくれました。今日は残念ながら会場には来られなかったけれど、最後に大阪城ホールの天井を見上げたら光が立ち上がっていた。だからきっと、聴いて喜んでくれていると思います」と話した。
1万人の第九で18回目の指揮を終えた佐渡さんはどのように感じたのだろうか。「第九は200回以上指揮をしています。今年は、世の中で、また自分の周りで、さまざまなことが起きました。祈りや希望、苦しみなど、完璧ではないかもしれないけれど、自分の持っているものを全力で絞りきった、今の自分ができる最高の本番でした。Little Glee Monsterやリュカ・ドゥバルグなどの若い世代のゲストが出演し、ジャンルも世代も超えてつながりました」。
毎日新聞ニュースサイト
「クラシック・ナビ」に2016年掲載
http://mainichi.jp/classic/