日本で人気の高いカクテルのひとつに「ソルティ・ドッグ」がある。オールドファッションドグラス(ロックグラス)の縁を塩でスノースタイルにし、氷を入れ、ウオツカとグレープフルーツジュースを注いでつくる。
塩でスノースタイルにしない場合は、「テールレス・ドッグ」(尾のない犬)、または「グレイハウンド」(走るときに尾を後ろ脚の間に入れる)と呼ぶ。とくに日本では「ブルドッグ」という呼び方もされたりもする。
もともと「ソルティ・ドッグ」とはイギリスで船の甲板員のことを指すスラングだった。潮をいっぱい浴びる仕事だから、“しょっぱい奴”といったニュアンスだったのだろう。
カクテル名からいえば、塩を使わなければドッグだけとなる。それをどう名付けようが勝手であるはあるが、「ブルドッグ」という呼び方だけは腑に落ちない。というのは、100年以上前に「ブルドッグ」というカクテルが存在しているからだ。
海外の文献によると、1916年にはニューヨークで刊行されたカクテルブックに掲載されているようだ。レシピはチェリーリキュールにホワイトラム、そしてライムジュースをシェークする。
さらに禁酒法(1920-1933)が撤廃されてまもなくの1935年に刊行された別のカクテルブックには、ホワイトラムをジンに替えたレシピで「ブルドッグ」は紹介されている。
そして現在、欧米ではラムとジンの両方のレシピが変わることなく存在しているようだ。なお、NBA(日本バーテンダー協会)の現行オフィシャル・カクテルブックにはラムを使用するレシピが掲載されている。
また海外では現在、さまざまなレシピの「ブルドッグ」が存在している。チェリーリキュールは使われることなく、コーヒーリキュールや牛乳を使ったロングスタイルが多い。
実のところ、カクテルブックで存在を知っていただけで、いまだかってスタンダードな「ブルドッグ」を飲んだことがなかった。
そこで、ラムとジン、両方を味わってみた。チェリーリキュールを使い、カクテル名は同じでも、スピリッツが替われば当然ながらまったく異なる印象になる。わたしの好みはラムのほうである。ひと口啜って、“これ、美味しいな”と呟いていた。
チェリーリキュール「ヒーリングチェリー」の甘みと酸味をホワイトラムがしなやかに受け止めていて、ふくよかなコクが感じられる。チェリーの酸味に嫌味がない。「ロンリコホワイト」の柔らかくふくらみのある酒質が効いているのだろう。
ディナーでお腹が満たされたままバーのカウンター席に着いたなら、是非どうぞ、と薦めたくなる味わいといえよう。胃を落ち着かせてくれる、アフターディナー・カクテルである。
一方、ジンの場合、すっきりサラッとした感覚となる。酸味のニュアンスが立っている。悪くはない。人の好みは十人十色。こちらのすっきり感に惹かれる方もいらっしゃるはずだ。