日本ではあまり馴染みがないようだが、抗生物質「ペニシリン」の名を冠したカクテルを紹介しよう。
2005年にニューヨークのバーテンダー、サム・ロス氏が創作したもので、欧米では人気が高い。21世紀誕生カクテルとしては、スタンダードの地位を獲得しそうな最有力といわれている。
本来の“20世紀の大発明”といわれる世界初の抗生物質ペニシリンは1928年にイギリスのアレクサンダー・フレミングによって発見され、医療に実用化されたのは1942年のことになる。ちょうど第二次世界大戦中のことだった。これにより多くの負傷兵を感染症から救うことができた。
日本においては、明治から戦前までの平均寿命が40歳代であったものが、戦後5年ほど経った1950年頃には60歳くらいまでに上がり、2019年には男性は81.41歳、女性は87.45歳となっている。昔は乳幼児の死亡率が高く、また結核に象徴されるように若くしての死亡率が高かったせいもある。
平均寿命が飛躍的に延びたのは栄養や衛生面での向上もあったが、ペニシリンにはじまる抗生物質の治療効果、貢献が大きいといわれている。
では、カクテル「ペニシリン」。こちらは感染症対策になるか、といえば、無論それはあり得ない。
使用する材料はブレンデッドスコッチウイスキー、レモンジュース、ハチミツ、生姜シロップ、アイラモルトウイスキーである。生姜シロップまでの材料をシェークして、オン・ザ・ロックに仕立て、最後にアイラモルトをフロートさせる。
カクテルのタイプでいえばサワー系。ウイスキー、レモンジュース、砂糖でつくられる「ウイスキー・サワー」のアレンジである。はじめてレシピを見たとき、原点回帰なのか、との印象が強かった。
サワーというスタイルはスピリッツに柑橘類の味わいを生かし、砂糖の甘みを加えて調整する。これは19世紀にはすでにスタンダードであったが、それだけでなく、ハチミツと生姜は古代から酒とミックスされていた。
蒸溜酒(スピリッツ)誕生前の大昔から、ワインやビールにハチミツや生姜はもちろん、ハーブ類などをミックスして飲んでいた。酒自体がストレートで味わうに適した酒質に達していなかったせいでもある。ワインは酸っぱくて、アルコール分は低かったであろう。ビールは濁って気の抜けたような液体であったはずだ。
また風味の補正のためのミックスだけでなく、加える材料によっては劣化を防ぐための保存手段でもあっただろう。
つまりカクテル「ペニシリン」の副材料は古典的なのだ。しかもこの古典は現代生活においても極めて身近に愛されている食材である。人類の拠り所ともいえる不変の味覚があることを教えられているような気もする。
とはいえ新鮮なインパクトある香味も漂う。フロートするスモーキーなアイラモルトが刺激的なキックの効いた味わいをもたらす。