「マティーニ・オン・ザ・ロックス」には愉快な想い出がある。わたしがまだ若かった頃、30年ほど前のことになるが、とてもいい経験をした。
あるベテランバーテンダーを前に、「マティーニ・オン・ザ・ロックス」をオーダーした。すると、「しっかりとマティーニの味をわかってから、ロックといったアレンジものを飲むようにしなさい」と、はねつけられたのだ。
そして「ウオツカ・マティーニなんか飲む人がいるけれどね、マティーニはジン。まず、その基本の味を理解していないのに飲んじゃいけない」と言われたのである。決して、この若造が、といった高圧的なものではなかったのだが、きちんと勉強しなさい、と戒められた。
初めての店ではなく、その方がつくる他のカクテルは何杯も飲んでいたのだが、それでも厳しかった。
実はこれは特別珍しいことではなかった。昔のバーテンダーには頑固一徹、自分のスタイルをきちっと客に伝える人が多かった。いまでいえば、クセが強い、といったところか。カウンター越しに、新たな客、若い客に自らをプレゼンテーションしてみせてくれた。
あるベテランバーテンダーは、「美味しいカクテルをつくるのは当たり前のこと。バーテンダーは酒を売るのが商売ではない。自分を、自分という個性を売る商売である」と言った。名言である。
カウンターを挟んでいろんなやり取りをしながら打ち解け、常連となっていく。それでも時に、いつもとはかなり針の振れた味わいのカクテルをオーダーすると、却下されたりもした。
またまた別のあるベテランバーテンダーは、わたしがトロピカルカクテルをオーダーすると、「あなたには似合わないから、つくらない」と言い放った。年月が経ち、わたしが歳を重ねたある夜、その思い出話をして、今夜は飲ませてください、と言ったら、「うーん。あなたには、つくりたくないな」とまたもや。
いま、昔を思い出しながら「マティーニ・オン・ザ・ロックス」を好んで飲んでいる。これはクラフトジン「シップスミスV.J.O.P.」をベースにして「ドライ・マティーニ」を飲んだときに、バーテンダーが、マティーニ・ロックにしても最後までドライなキレ味、パンチは残る、と教えてくれて試して以来、ファンになってしまった。
早い話、ベースは「シップスミスV.J.O.P.」でなくてはならない。
アルコール度数は57%と強烈だ。ジュニパーベリーの使用比率が通常のドライジンよりはるかに高く、度数にふさわしいパンチの効いた香味に仕上げられている。ストレートやロックはもちろんのこと、「ドライ・マティーニ」を試してみるとそのポテンシャルがよくわかる。それがロックになっても鋭くエッジの効いた、辛口の仕上がりで魅了する。
さて、「V.J.O.P.」。かつてこの連載で、Very Junipery Over Proofの略であることを述べた。ベリー・ジュニペリーは上記の通りの意味を持つ。ではオーバー・プルーフとはなんのことだろうか。
イギリスでは1980年に容量パーセント方式に切り替えられるまでは、アルコール度数を示す単位にプルーフ(ブリティッシュプルーフあるいはUKプルーフ)が使われていた。まず容量パーセントとは日本やEU諸国などで使われている。簡単にいえば、摂氏15℃において、容量100ml中に何パーセントのアルコールが含まれているかを示している。
100ml中に5%のアルコールが含まれていれば、アルコール度数5%。43%含まれていれば、アルコール度数43%となる。
ではプルーフ。課税のためにはじまったもので、アルコール度数を把握するためだった。しかしながら大昔は正確な度数を測れる計器などなかった。いまに通じる進化した酒精計が発明されたのは1816年。これを使った新たな測定法が正式に採用されるようになったのは1818年のことになる。それまではとても曖昧な方法でアルコール分を測定していた。
大昔の測定法は、アルコールが可燃性であること、比重が水よりも軽いこと、この特性を利用したものだった。主には以下の方法が用いられていた。
まず、スピリッツ(蒸溜酒)に浸した木綿片に、火をつけるという方法。木綿の布がよく燃えるとアルコール分は高く、上質なスピリッツである。
またスピリッツの重量を計るという方法もあった。スピリッツが燃えなくなるまで火をつける。火が消えたら残液の重さを計測。残液が元のスピリッツの重量の半分以下ならば、上質なスピリッツとなる。
そして最も一般的なやり方は、小銃用の火薬にスピリッツを垂らし、火をつけるというものだった。燃えなければ不良。柔らかくそれなりに炎が上がれば合格。激しく燃えたら特級品とされた。
着火すれば証明された(proved)となり、プルーフという単位が生まれたのである。着火する度数を100プルーフとし、着火されない場合はアンダープルーフと呼んでいた。
これはかつてスピリッツのアルコール度数が、いかに高かったかを教えてくれている。しかも現代人からすれば、洗練とはほど遠いものであったことだろう。荒々しい、強烈な香味であったはずだ。
そして1818年に酒精計の使用による新たな測定法が生まれ、火薬が着火する100プルーフのアルコール度数は57.1%であると解明されたのである。
市場では「シップスミスV.J.O.P.」の小数点以下を切り捨てて57%として伝えられているが、ラベルを見ると57.7%と表記されている。つまり正真正銘のオーバー・プルーフなのだ。
ではオーバー・プルーフのジンで「マティーニ・オン・ザ・ロックス」をいただこう。歳を重ねたせいだろう、ベテランバーテンダーのカクテルで過ごした若い頃の時間がよみがえってくる。