Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ドライ・マティーニ

ビーフィーター ジン 47度 4/5
ドライベルモット 1/5
ステア
オリーブを飾り、
レモンピールを擦る

ギムレット

ビーフィーター ジン 47度 3/4
ライムジュース 1/4
シュガー・シロップ 1tsp
シェーク

ジン・トニック

ビーフィーター ジン 47度 45ml
トニック・
ウォーター
適量
ビルド
氷を入れたタンブラー
カットライム(1/4)を
絞り入れる

世界一のマティーニ

ロンドン、セント・ジェームス地区にあるデュークス・ホテルのバーに久しく行っていない。困ったことに、北イタリア出身ながら英国気質を身にまとった小柄な老バーテンダー、ジルベルト・プレティのつくるマティーニの香りが突如として鼻先によみがえってきたりする。それはかつてサンデー・タイムズ紙が“ 世界一のマティーニ”と評した、「デュークス・マティーニ」として知られているスーパー・ハードな一杯だ。

まず冷凍庫で冷やした6オンスグラス(日本では通常90ml の3オンス)に、ビターズボトルに入れたドライベルモットをわずかひと振り、1ダッシュ注ぐ。つづいて冷凍庫でトロリと冷えたアルコール度数50度のジン、「ビーフィーター・クラウン・ジュエル」(現在は世界的に終売)を流し込む。

最後は、1個を6枚剥ぎにした大きなレモンピールを両手で持ってクィッと絞り込み、さらにそのピールをグラスの縁に擦り込んでからマティーニの中に沈める。氷は一切使用せず、もちろんステアなどしない。ベルモットは香りづけでしかなく、ほぼジンのストレートだ。

マティーニ・ファンであるならば一度は試しておくことをすすめるし、また一見の価値は大いにある。とくにレモンピールの扱いが何やら儀式的で美しく、おいしさを誘う。

ただし10年ほど前にジルベルトは引退した。いまは彼の右腕だったアレッサンドロ・パラッツィが「デュークス・マティーニ」を守っている。ジンはビーフィーター(47度)や12種のボタニカル(草根木皮類)の中に茶を加えたビーフィーター24(45度)などを使う。

アレッサンドロは「Fleming89」というウオツカ・ベースの新感覚マティーニを創案してもいる。これは007のジェームズ・ボンドとここのバーのつながりを伝えるものだ。

007の作者、イアン・フレミングは『ゴールドフィンガー』の中で、ボンドに「Vodka Martini.Shaken,not Stirred」と言わせた。このマティーニ・シェークの着想はデュークス・バーから生まれたという。ステアしないマティーニから、フレミングはシェークという変化球を生んだのだ。

では89とは、ボンドが愛するオードトワレ『FLORIS No.89』のことで、フローリスはホテルと同じ地区にあるジャーミンSt.89 番地に位置する天然香料の老舗であり、番地を香水に冠したものだ。

とはいっても「Fleming89」にトワレを使用している訳ではない。またデュークスらしく、ステアはなし。もちろんシェークなどしない。申し訳ないが、詳しいレシピについてはここでは紹介しない。あくまでジン・ベースのマティーニにこだわって語ることにする。

ステアか、シェークか

さて、正直にいえば「デュークス・マティーニ」崇拝者ではない。まず6オンスのグラス。わたしが大男で、大のマティーニ好きならばいいのだろうが、量が多くて持て余してしまうのだ。すると最後のほうはぬるくなり、中に沈めたレモンピールの苦みまで感じてしまう。

「デュークス・マティーニ」はロンドン・ドライジンの象徴である「ビーフィーター」をいかにおいしく飲むか、その最上の方法のひとつだと思っている。

やはり異なるものが素敵に混ぜ合わさってこそカクテルではなかろうか。バーテンダーがミキシンググラスと氷を使い、ジンとベルモットを美しいステアで、しなやかながら切れ味鋭いセクシーな香味に仕上げてくれたものがいい。これを見事にやってのけるのが日本のバーテンダーだ。マティーニが、いやカクテルが世界で最もおいしい国は日本だと断言する。

わたしが「ドライ・マティーニ」を飲むときのジンとベルモットの比率は5対1。仕事で肉体は疲れているのに脳ミソが剣山のようにテンパってしまった夜は、稀に7対1のエクストラ・ドライを飲む。ジンの比率がそれ以上に高まると、ベルモットの感覚は希薄になり舌が麻痺してしまう。

さらにはウオツカ・ベースには興味がない。マティーニはジンに限る。ボンドの飲む、シェークしたマティーニも同じ。シェークは、ダンディズムで魅了する活劇の人物、ボンドだからゆるせるのであって、ステアから生まれるスレンダー・ボディのセクシーさがマティーニの命だと思っている。ましてや海外のバーのゆるゆるの氷でのシェークだと、香味は腰砕けである。

いろいろ苦言を呈してはいるものの、ジルベルトの姿や「デュークス・マティーニ」だけは恋しくなる。リッツの裏手の喧噪から逃れた路地にひっそりとある瀟酒なホテルと、バーテンダーの洗練された振る舞いが味わいをより高めているのではなかろうか。

今度出かけたなら、きっと一杯目はアレッサンドロの「デュークス・マティーニ」を堪能し、二杯目は「Fleming89」に挑戦するだろう。

ロンドンに想いを馳せていたら「ビーフィーター」の香りが鼻腔にフワッと浮かんできた。数あるジンの中で、マティーニには「ビーフィーター」がふさわしい。柑橘系の爽やかな独特の香りは春の笑顔のような日の光を浴びた若葉を連想させる。わたしにとっては癒しの香味だ。

さあ、いい時間になった。ビーフィーター・ベースの「ジン・トニック」「ギムレット」「ドライ・マティーニ」を飲みながら、いまや死語となってしまったダンディズムについて想いを巡らせてみよう。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 川田雅宏
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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