1年ちょっと前のエッセイでカクテル「ブランデー・サワー」(第86回『バーで元祖を飲む』)を紹介した。
これは「こだわり酒場のレモンサワーの素」という、ソーダで割れば誰でも手軽に美味しくレモンサワーが味わえる製品が居酒屋をはじめとした料飲店はもちろん家庭でもガンガン飲まれているのを知って、バーでもサワーを飲んで欲しいと願って書いたエッセイである。
ところがその後、さらに人気は勢いづいていく。バーでもサワーを飲もうぜぃ、って訴えるわたしの気持ちなんぞ通じない現象が起こったのだ。春になって缶入り「こだわり酒場のレモンサワー」が登場すると、そのブームは想像をはるかに超えた次元に達してしまったのである。
ついには2019年12月4日発表の『日経MJヒット商品番付2019』で西の小結にランクされたのだ。小結って、そんなに凄いのか、と思われるかもしれないが、番付の顔ぶれを見ると、アルコール飲料の単一ブランドでよくぞ高位にランクされたと讃えるしかない。
東の横綱は『ラグビーW杯』。納得の地位といえるだろう。西の横綱はわたしがなかなか追いつけないでいる『キャッシュレス』。東大関は『令和』。西大関は食べたことのない『タピオカ』。東関脇は観ていないアニメ映画の『天気の子』。西関脇はまったくわかんない世界である『ドラゴンクエストウォーク』。東小結がまだ縁のない『ウーバーイーツ』。そして西小結に『こだわり酒場のレモンサワー』なのである。
なんと立派なことか、と讃えつつも、やっぱりバーでもサワーを味わってみようよ、となる。とくに最近はバーでサワーをオーダーする人を見かけることは少なくなった。
以前紹介した「ブランデー・サワー」はほんとうに美味しい。そしてその他にもいっぱい知っておいて欲しいから、わたしは諦めない。「こだわり酒場のレモンサワー」までもの大人気は願っていないけれど、一人でも多くの人にバーでサワーを味わっていただきたい。
今回はリキュールベースのサワーとウイスキーベースのサワーの2品をご紹介しよう。
アンズ(杏)の花はもう少し温かくなった4月初旬が見頃のはずだ。30年ほど前にロケで更埴市(現千曲市)あたりを移動していたときに満開を迎えていて、魅了されたことを覚えている。淡いというか、薄紅色の花が美しかった。ただ、そのときに何の花なのかわからず、地元の方にお聞きした。
植物に疎いわたしでも桜ではないことくらいはわかった。桃の花は何度も甲府あたりを訪ねているのでわかる。梅の花ではないし、と足りないアタマで一応は想い巡らしたのだった。スタッフの誰かが、「ここは、アンズの里じゃなかったか」と言ったのをきっかけにクルマを止めて聞いたのである。
実の収穫期はたしか6月末頃のはずではあるが、花の季節の美しい光景をアタマのなかによみがえらせながら、この春は「アプリコット・サワー」を飲む。ベースとなるのは、わたしが勝手に“キュートなお嬢さん”と呼んでいるアンズのリキュール「ルジェ・アプリコット」。そしてレモンジュースに極少量の砂糖を加えてシェークする。
甘く麗しいアンズの味わいにレモンジュースの酸味がほどよく溶け込み、すっきりとした爽やかな味わい。心地よいサラッとした甘さが口中を滑っていく。アルコール感の強い味わいが苦手という方には是非にとおすすめする。また食後の口直しに飲むのもいい。
さて、もう一品。近年よく飲むようになったシングルグレーンウイスキー「知多」をベースにした「ウイスキー・サワー」である。
「知多」はモルトウイスキーのような厚み、複雑味はないけれど、軽快でとてもキレイな感覚を抱いたグレーンウイスキーといえる。ストレートでもハイボールでも、飲み方を選ばない。シルキーともいえる透き通ったしなやかな香味特性は、カクテルにもおいても見事な役回りを演じてみせる。
ミックスする材料の香味を崩すことなく寄り添い、うまく調和して、まろやかでとても伸びやかな味わいに仕上がる。高品質グレーンならではのポテンシャルといえるだろう。
ウイスキーとしての強い主張が前面に出ることなく、レモンの酸味をうまく抱いてセクシーな味わい。これがウイスキーベースなのか、と意外に感じるはずだ。すっきりとした飲み口に誰もが好きになってしまうことだろう。
アプリコットリキュール、ウイスキー、ブランデーとベースを変えてサワーを飲み比べてみるのも楽しい。配合比はすべて同じだから、面白いのだ。
居酒屋で、家庭で、リラックスしながら「こだわり酒場のレモンサワー」をグビっと飲む時間はとても大切である。でも一方で、カウンター席でバーテンダーのシェークから生みだされるサワーを味わう素敵な時間があることも知っておいていただきたい。