先日、「バカラ」というカクテルを飲んだ。カードのバカラゲームからのネーミングであろう。ただし、海外旅行先でカジノを訪ねたことがないから、ルールもよくわからない。金銭やモノの受け渡しさえなければ賭博にあたらないので、日本でも違法ではないようだが、まったく馴染みがない。昔、007の映画で、ショーン・コネリーがやっていたけれど、シーンの記憶は曖昧になっている。
調べてみると、バカラという言葉はイタリア語に由来するらしい。無やゼロを表し、破産をも意味するという。15、16世紀には貴族のゲームとしておこなわれていたらしくて、格式があったらしい。早い話、はじめから大金持ちがやるものであったのだ。だからわたしには縁がない。そしてグラスで名高いフランス北東部、バカラ村とは無関係である。
幼い頃、わたしはトランプが嫌いだった。七並べや神経衰弱はやたら場所を取って、テーブルの上が美しくない。ババぬき、って言葉も嫌だった。勝負に執着しない、子供らしくない子であったはずだ。
よくやったのは花札。教えてくれたのは母親で、絵柄合わせだからわかりやすい。一応、母親の名誉のために言っておく。彼女は賭博師ではない。長くまっとうな職業婦人として生きた。いまも元気でいるけれど。とにかく我が家は花札ばかりやっていた。
小学生になって花札のせいで劣等感を覚えた。まだ低学年だった。授業中に先生が大昔の和歌みたいなものを口にした。ひとりの女の子が「あっ、百人一首だ」と言うと、何人かが「かるたで知っている」と喋りはじめ、教室が盛り上がっていったのである。
隣の席の可愛い女の子も頷いている。わたしはその子に「花札みたいなものでしょ」と聞いたら、汚らしいものでも見るような顔つきをされ、「バーカ」と言われた。その子が好きだったから、ひどく傷ついた思い出がある。
ところで、かるたはポルトガル語らしい。鉄砲やキリスト教、カステラなどと一緒にポルトガル人が伝えた。カードゲームを言うcartaが歌留多になったという。そして天正時代(1573〜91)には日本でもかるたがつくられていた。つまり明智光秀の本能寺の変(天正10・1582)あたりには、貴族や武将たちがカードゲームをやっていたということになる。
ポルトガル人がバカラを伝えなくてよかった。まず九州の戦国大名たちがおかしくなり、つづいて秀吉、家康破産なんてことになっていたら、日本は植民地になっていたかもしれない。
さて、カクテル「バカラ」は、1960年代のアメリカのネバダ州ラスベガスのカジノで生まれたのではなかろうか。わたしの勝手な推察ではあるが、理由はふたつある。
ひとつはアメリカでのバカラの流行。1950年代まではキューバのハバナのカジノが興隆していた。アメリカのマフィアが暗躍してもいた。ところが1959年のキューバ革命で社会主義国家となり、カジノは閉鎖となる。
そのためギャンブル界でチカラを誇っていた連中はこぞってラスベガスへ集結した。アメリカではそれまでバカラはマイナーだったという。キューバからアメリカへ中心軸が移り、バカラのルールをシンプルにすることで大金持ちだけでなく庶民も楽しめるものへと変わり、大人気となったらしい。
もうひとつ。こちらはレシピをご覧いただきたい。スピリッツにウオツカとテキーラを使う。もしハバナでこのカクテルが生まれていたらラムであり、テキーラを使うことはあり得ないのではなかろうか。
またテキーラは1942年からアメリカへ正規ルートでの輸出が開始され、メキシコのローカルスピリッツから脱却しようとしいていた。
注目を浴びるようになったのは1949年。カクテルコンテストでロサンゼルスのバーテンダー、ジャン・デュレッサー創作のテキーラベースのカクテル「マルガリータ」が入賞し、メキシコの地酒がファッショナブルな舞台に登場することになった。さらには1957年、同じくロサンゼルスのミュージシャンだったチャック・リオが作曲したラテン・リズムの「テキーラ」が大ヒットしている。
テキーラはかつて19世紀半ばまでメキシコ領だった西海岸で次第に人気となっていったのである。そして1959年以降、バカラがネバダのカジノでメジャーとなる。つまり互いの発展時期がシンクロしているのだ。
推察通りであるならば、創作されたのがカジノに設けられたバー、もしくは西海岸のどこかの都市のバーであったであろう。ロサンゼルスという可能性もある。
今回、わたしはウオツカをフランス産「ピナクルウオツカ」、テキーラを「サウザシルバー」で味わってみた。
色調は、1ティースプーン(tsp.)のブルーキュラソー(ザ・ブルー)がミックスされることで、ターコイズブルーに近い青色に染まる。見た目に爽やかさがある。味わいにはすっきりとした酸味にほのかな甘みがあり、こころ穏やかにさせてくれる。カジノのバーで飲んだなら、アタマを冷やせと囁かれているように感じられるかもしれない。
テキーラのアガベ(原料・竜舌蘭の茎)の甘みをベースであるウオツカのアルコール感が支え、そこにオレンジリキュールの風味がうまく寄り添っている。正式なレシピはレモンジュース1tsp.だが、2tsp.のほうがよりすっきりとした味わいとなり、キレ味が高まるような気がする。
はじめて味わう人は、冴えた美味しさにきっと驚くのではないだろうか。自然と笑みがこぼれることだろう。