ライムジュースは17世紀から、イギリス海軍の海兵やイギリス東インド会社の船員たちの健康を守りつづけた。世界の海に乗り出して他国と覇権を競うようになると、長い航海でのビタミンC不足による壊血病が深刻化する。イギリスの船乗りたちを救ったのはライムである。
ビタミンCの栄養成分が解明されたのは20世紀、1920年のこと。いまから100年ほど前である。そのはるか昔、1614年、イギリス東インド会社の医務長官、ジョン・ウッドールが壊血病対策としてレモンやライム、オレンジをすすめた。彼が柑橘類に着目した理由はわからない。医者としての直感か。食事にそれらが加えられると症状は緩和されていく。
この連載、第50回『イギリス海軍の酒、ラム』で述べたが、イギリス海軍は配給される水で薄めたラム(グロッグ)に、ライムを絞り入れて飲むようになった。柑橘類が壊血病対策に効果を上げていることから、1747年に海軍軍医、ジェームズ・リンドが世界ではじめて臨床試験をおこない、その効果を立証してみせた。
海軍省が正式に柑橘類の供給を通達したのは1795年ではあるが、それ以前からライムは重宝されていたのである。
何故レモンではなかったのか。イギリス植民地がレモンよりもライムを入手しやすい地域であったからだといわれている。とくにカリブ海、イギリス領西インド諸島ではライムが豊富に採れた。
ただし新鮮なライムも長い航海では傷んでくる。1個傷めば、そこからすべてにおよんで腐りはじめる。まだ冷蔵設備など夢の時代。柑橘類の保存は、一般的にはアルコールを加えたり、砂糖を加えたり、煮てみたりとさまざまだったようだ。
やがて1867年、ラフリン・ローズが、ノンアルコールでライム・コーディアル(加糖されたライムジュース/連載第30回ギムレット参照)を生みだして特許を取得する。保存可能なこのローズ社のライムジュースは、すぐさま軍艦や商船が取り入れることになった。ライムの保存管理にアタマを悩ます必要もなく、費用対効果も高かった。またイギリスの一般家庭でもさまざまに活用された。
かつてジンベースのカクテル「ギムレット」には、ローズ社のライムジュース、といわれていた。フレッシュなライムの入手が難しい時代に、画期的なミキサー(割り材)として定着したからである。
現在もつくられてはいるが、1980年代にはアメリカ企業に買収されているし、日本では正規輸入されていない。
幸いにもわたしたちはいま、当たり前のようにフレッシュなライムを入手できる。「ギムレット」もドライジンにフレッシュライムジュース、それに少量のシュガーシロップというレシピが一般的だ。
ライムの状態にもよるが、シロップの甘みを加えない、極めてドライな仕上がりを好む人たちもいる。