Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ハンター

カナディアンクラブ 3/4
ヒーリング チェリー 1/4
ステア/カクテルグラス

アルティチュード57

カナディアンクラブ 3/6
ヒーリング チェリー 1/6
ルジェ クレーム ド
アプリコット
1/6
レモンジュース 1/6
シェーク/カクテルグラス
レモンピールを擦る

ヒーリング・ミルク

ヒーリング チェリー 30ml
牛乳 45ml
ビルド/ロック
グラスに氷を入れる
牛乳はフロート

チェリーは謳う

「キッス・イン・ザ・ダーク」。接吻のときめきなんて忘れてしまったオジサンにとってはオーダーしづらいカクテル名だ。

ところがこのカクテル、癪に障るほど美味しい。ジンとベルモットという定番マティーニの組み合わせにチェリーリキュールを加えたものだが、ドライな甘味がなんともいえず心地よい。すっきりとしていて、ジンの切れ味のなかにチェリーの風味がそよ風のように漂う。

照れがあり、馴染みのバーテンダーには「マティーニにヒーリング チェリー、ステア」と伝える。すると彼は「サクランボだっちゃ」ですね、とニヤッと笑ってつくってくれる。

当初は、カクテル名を口にしたくないものだから「さくらん坊ちょうだい」と告げていた。これはバーテンダーとの冗談話が高じて、高橋留美子原作の漫画『うる星やつら』でサーフィンを特技として用もないのに登場する、遊行僧チェリー(錯乱坊)の名を借りたものだった。しばらくしてラムちゃんファンだったバーテンダーが勝手に「サクランボだっちゃ」に変えてしまったという訳だ。

「キッス・イン・ザ・ダーク」にとってはいい迷惑だと思う。



「ヒーリング チェリー」はデンマークのコペンハーゲンで1818年に生まれたチェリーリキュール。風味はフレッシュで甘くデリケートな華やかさがあり、ほのかにビター・アーモンドのような香りがある。

あるときバーテンダーが「ヒーリング チェリー」を使った別のカクテルをすすめてくれた。「ハンター」「アルティチュード57」「ボルガ・ボートマン」などで、これらもなかなかのもの。

「ハンター」はカナディアンウイスキーの「カナディアンクラブ」(C.C.)と「ヒーリング チェリー」だけの潔いレシピ。芯がありながらふくよかなウイスキーにチェリーの甘みが見事に溶け込んでいる。

「アルティチュード57」は標高あるいは海抜57ということだが、単位がわからない不思議な名のカクテル。「C.C.」「ヒーリング チェリー」にアプリコットリキュール、レモンジュースが加わり、甘味と酸味の調和で魅了する。

ボルガの船乗りこと「ボルガ・ボートマン」はウオツカ、「ヒーリング チェリー」、オレンジジュースが同量で、よりフルーティーな感覚がある。

これらを飲むと『うる星やつら』の錯乱坊の出る幕はない。変わって狩人、標高、船乗りといったワードが持つイメージから、宮崎駿監督作品『紅の豚』の主人公ポルコ・ロッソが登場する。

やがてチェリーの風味が深く身体に沁みていくと、ひとつの曲が耳の奥底から静かに優しく聴こえてくる。

それは作中でポルコが惚れているマダム・ジーナ(声・加藤登紀子)が歌うシャンソンの名曲『さくらんぼの実る頃』(Le temps des cerises)である。

こころに秘めた思い出

『紅の豚』は第一次世界大戦の戦勝国でありながら“栄光なき勝利”と呼ばれ、敗戦国のような経済不安がつづくイタリア、アドリア海が舞台だ。ムッソリーニの独裁政権下での、主人公ポルコをはじめ飛行艇乗りの男たちのロマンと生き様を描いている。

『さくらんぼの実る頃』は優しく耳に馴染むメロディで、フランス語がわかからなくても何故かこころに響く。甘くもの悲しい恋を歌っているのだろう、と想像して間違いではないのだが、最後の4番は歴史的事件を基に書き加えられたものだ。その背景を知ると、動乱の中を生きる自分たちの姿と重ね合わせ涙してしまう飛行艇乗りの気持ちが理解できる。

4番の詩の内容は、“開いた傷の痛みは女神でさえ癒してはくれない。いつまでもさくらんぼの季節とこころに秘めた思い出を愛するだろう”というもの。

ナポレオンⅢ世がプロセイン(ドイツ)との普仏戦争に敗れ、1871年にフランスは降伏する。それでもパリ市民は3月に革命政府パリ・コミューンを樹立して抗戦するが、鎮圧されてしまう。5月21日から28日の間は“血の一週間”と呼ばれ、戦闘で3万人もの犠牲者を出したといわれている。

コミューンの評議員でもあった詩人ジャン=バティスト・クレマンが20歳くらいの若い看護婦ルイーズと出会ったのは戦闘の悲惨さが増した5月26日だった。彼女はバリケードにさくらんぼをたくさん詰めた籠を携えて現れ、誰もが引き止めても耳をかそうともせず、負傷者の手当をつづけたという。そして彼女もまた犠牲者のひとりとなった。

クレマンは1866年、すでに『さくらんぼの実る頃』を書き上げていた。4番の詩はルイーズの姿にこころ震え、彼女を悼み、書き足したものである。



赤くふくらんだ可愛らしいさくらんぼが街に登場しはじめた。見かけたならルイーズに思いを馳せていただきたい。

さくらんぼの季節、バーに行けない夜は自宅で「ヒーリング チェリー」のボトルを開けよう。ショットグラスに注ぎ、ストレートで嘗めてみよう。ストレートが強過ぎるならばロックで牛乳をフロートさせる『ヒーリング・ミルク』がいい。いつか食べたアイスクリームのような、後味がチェリー・コーラのような、クセになる懐かしい味わいだ。

そして『さくらんぼの実る頃』を聴こう。名曲がこころの襞に沁み入る。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 川田雅宏
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

ブランドサイト


ヒーリング チェリー

バックナンバー

第8回
カルーア
第9回
モーツァルト
第10回
ビーフィーター
ジン
第11回
カシャーサ51

バックナンバー・リスト