ワシ・タカ子育て支援プロジェクト
なぜワシやタカを守るのか
「天然水の森」では、生態系ピラミッドの頂点である猛禽類(ワシやタカ、フクロウなど)を守る活動をしています。
アンブレラ種(※)が生きていくためには、彼らの餌が豊富にある必要があります。そのためには、餌動物の餌、さらには、その餌の餌が豊富に生きていける環境が守られていなければなりません。
つまり、生態系ピラミッドの頂点が生きて繁殖していくためには、広大なピラミッドがまるごと守られている必要があるのです。そういう意味では、「天然水の森」での生物多様性を守る整備方針は、そのまま猛禽類のための整備にもなっているのです。
その地域における生態系ピラミッドの頂点に位置する種
ところが、猛禽類が生息するためには、ひとつ大きな問題があります。それは住宅難です。オオタカなどが好んで営巣するマツ林がマツ枯れで枯れてしまったり、マツ林自体は残っていても、下から生えてきた広葉樹が大きく育って営巣に適したマツの枝を覆ってしまうなどの問題があります。
また、フクロウは巨木の樹洞に営巣しますが、そもそも樹洞のあるような巨木が、日本にはほとんど残っていません。
そこで私たちは、オオタカのためのマツ林の整備や、フクロウのための巣箱かけなどを行い、彼らの子育てを支援しています。「天然水の森」での猛禽類の営巣確認回数は、8種のべ103回にのぼります。(2022年5月時点)
「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」に隣接する「天然水の森 北アルプス」では、オオタカのための整備を行っています。かつてこの森では、たくさんのタカたちが営巣していましたが、後から生えてきた広葉樹が大きく育ち、営巣場所を覆ってしまったのです。
これでは、タカたちは利用できません。そこで、巣づくりの邪魔をしている広葉樹を除伐し、タカが巣に飛び込める空間をつくったり、人工巣台を設置するなどして、タカたちが帰ってくるのを待ちました。
2022年初夏。環境整備を行ったアカマツ林に設置した人工巣台で、オオタカのペアが子育てを始め、3羽のヒナたちが元気に巣立って行きました。ヒナたちの成長の記録をご覧ください。
この活動に携わる専門家
遠藤 孝一
(公財)日本野鳥の会 理事長
山﨑 亨
アジア猛禽類ネットワーク 会長
藤井 幹
(公財)日本鳥類保護連盟 調査研究室 室長
合同会社MORISHO
野中 純
日本オオタカネットワーク 代表
フクロウの巣箱かけ
「天然水の森」では、犬小屋ほどの大きさのフクロウの巣箱を設置しています。よほどの住宅難なのか、フクロウは50%程度の確率で営巣しています。
この活動に携わる専門家
藤井 幹
(公財)日本鳥類保護連盟 調査研究室 室長
合同会社MORISHO
野中 純
日本オオタカネットワーク 代表
【動画】「ワシ・タカ子育て支援プロジェクト」里山篇
「実行」に関する活動を見る
専門家と共に行う調査
現地調査とシミュレーションを組み合わせ、森の「今」を理解し「未来」を予測します。
調査をベースとした計画
ビジョン策定
「天然水の森」では、30年から100年という長期的な視点で森林の保全と再生に取り組んでいます。その基盤となるのが、ビジョンの策定です。
森林の状況は場所ごとで大きく異なるため、過去の経緯や現在の状況を徹底的に調査します。調査項目は、地形図や航空写真、現存植生区分、群落(※)ごとの特徴など多岐にわたります。
調査結果を基に、植生コンサルタントや林業専門家、有識者の皆さんとディスカッションを重ね、群落ごとに課題を抽出します。そのうえで、それぞれの課題に複数の解決策を策定し、整備方針を決定します。5年から10年をめどにビジョンを更新することで、検証や改善につなげていきます。
同じ場所で一緒に生育している、ひとまとまりの植物群のこと
この活動に携わる専門家
株式会社地域環境計画
株式会社里と水辺研究所
合同会社MORISHO
株式会社愛植物設計事務所
森林整備計画の実行
各分野のプロの皆さんと協力しながら、整備活動を進めています。
継続的な調査による改善
森に生息する生き物や植物の状態は常に変化しています。「天然水の森」では、継続的な調査を基に改善につなげています。
活動の中での実例
自然相手の仕事では、整備が思い通りに進まないこともしばしばあります。そのため、整備後も継続的に調査を続けることがとても重要です。時には、思った以上に良い結果になることもあれば、完全な失敗に終わることもあります。ここからは、活動の中の失敗や発見の一部をご紹介します。
去年までシカはいなかったのに
「天然水の森 奥大山」では、冬場に2~3メートルもの雪が積もります。そのため、最近まで、シカの姿は一切ありませんでした。ところが、草や低木にシカの食痕が見られるようになってしまいました。緊急でカメラを設置した所、そこには多くのシカが写っていました。
「天然水の森 奥大山」の整備方針は、シカがいない前提で立てられています。これまでは、全国でも例外的に整備による効果が表れやすい、生物多様性豊かな森でした。
しかし残念ながら、その方針を全面的に見直す必要が出てきました。まずは重要な箇所を柵で囲むことから始めましたが、通常の金属柵では、雪解けの時期の雪の移動で柵が破壊されてしまいます。そこで、雪解け直後に樹脂ネットを設置し、雪が積もり始めた頃に、このネットを地面に寝かすという窮余の策を行っています。
軽石で出来た山?
「天然水の森 しずおか小山」の協定を結んだ際に、一番驚いたのは、この山の崩れやすさでした。既設の作業道の大部分が、大雨の際に大きく削られ、いたる所に深い溝が掘られていたのです。
実はこの山は、富士山の噴火で吹き出した火山灰と、スコリアと呼ばれる小さな軽石の層が交互に重なっており、作業道などをつくって地面を剥き出しにしてしまうと、軽石層が、あっという間に水で削られてしまうのです。
そこで私たちは、今後使う予定がない作業道を森に戻すことにしました。残念ながら、ここもシカが多い土地なので、道の平面部分には、シカに食べられにくいミツマタとススキを植えました。ススキはシカが好まない草なのですが、なぜかシカに引き抜かれることが多いため、しっかりと根が張るまでは農業用の防鳥ネットで覆っています。その片側に植えた広葉樹は、単木保護です。
森づくりを進める中での新発見
継続的にR-PDCAのサイクルを回す中で、意外な事実が見つかることもあります。活動の中での、生き物や植物に関する新発見をご紹介します。
冬場のシカが、落ち葉ばかり食べていた
「天然水の森 東京大学秩父演習林プロジェクト」で、シカが季節ごとに何を食べているかを調べるために、フンのDNA解析を行ったところ、驚くべき結果が出ました。
なんと、冬場のメインの餌がカエデとミズキの仲間だったのです。カエデもミズキも落葉樹です。つまり、冬には緑の葉っぱは存在しません。その後、定点カメラの映像に、落ち葉を食べているシカの群れが写っていました。ご覧のようにシカたちは、全く痩せていません。
落ち葉で生きていけるなら、餌資源は無限大になってしまいます。「緑を食べ尽くせば、シカが飢えて減るだろう」というかつての楽観的な仮説は、もはや通用しないということです。現在は、生物多様性を守るための、新たな作戦を立案中です。
この活動に携わる専門家
平尾 聡秀
東京大学 講師
プロジェクト」の活動を見る
侵入竹林問題の救世主になるかも?
「天然水の森 天王山」で、竹林に隣接して作業道を通した場所があります。その際、作業道の法面(※1)を保護するために、シカが食べないミツマタという木を植えました。
すると、予想外のことが起こりました。ミツマタが密植されている道路の側には、タケノコが生えてこなくなったのです。ミツマタには、竹の根が嫌うアレロパシー効果(※2)があるようです。もしそれが正しいなら、全国の侵入竹林問題への明るい光になるかもしれません。
- 作業道の両側につくられた斜面のこと。「のりめん」と読む
- ある植物から放出される化学物質が、他の植物や微生物に何らかの影響を及ぼす現象のこと