病虫害対策
ナラ枯れ
いま、全国の森でコナラやミズナラが真夏に突然枯れてしまう「ナラ枯れ」が広がっています。ナラ枯れは、「カシノナガキクイムシ(※樫の長木喰い虫。以下カシナガと略す)」という虫が運ぶナラ菌によって、コナラやミズナラなどブナ科の木々が枯れてしまう病気です。
カシナガは日本在来の虫で、森の中で大きく育ったコナラやミズナラを枯らして森の若返りを促してきた虫です。
ナラ枯れが広がっている里山林は、天然の広葉樹林ではありません。もともと炭や薪にするためにナラの仲間を植えた人工林で、こういう森では、10年から20年のサイクルで伐採・利用されていたため、それらの木々が大きく育つことはありませんでした。
ところが戦後、電気やガスが普及して炭や薪がいらなくなると、それらの木々が巨木に育つという異常事態が発生してしまったのです。カシナガにとってみれば、枯らさなければならないブナ科の巨木がいたる所に出現したわけです。これが、全国に広がっているナラ枯れの実態です。
初めてナラ枯れに出会った地方では、たいていの人が慌てますが、実際には全てが枯れるわけではなく、適度な間伐がされた程度の影響しかありません。そして、枯死した後の森では、ブナ科以外の木々が大きく育ち、かえって多様性が増していることも明らかになってきました。
ただ、カシナガに穿入された木は、材木としては使い物にならなくなってしまうため、私たちはナラ枯れの大発生の前に、あらかじめ太い木を伐採して有効利用したり、巨木を伐採した跡地にはさまざまな苗木を植えて、多様性を高めるような整備をしています。
粘着テープを内向きに巻き、翌年発生するカシナガの成虫を捕獲する場合もあります。どうしても被害拡大を防ぎたい時には、多少の効果は期待できます。
この活動に携わる専門家
服部 保
兵庫県立大学 名誉教授
日置 佳之
鳥取大学 特任教授
マツ枯れ
マツ枯れは、アメリカから侵入してきたマツノザイセンチュウという外来種による病気です。日本のマツはこの線虫への抵抗性がないために、侵入された木は次々に枯れてしまいます。
マツは、いわゆるパイオニアツリー(先駆種)で、崩壊跡地や荒れ地など、他の木が生きていけないような痩せ地にもいち早く根を下ろし、すくすく育っていくことができます。土壌が豊かになり、マツ以外の木も生長していけるようになると、やがてその場所は広葉樹の森になっていきます。そしてその過程で、パイオニアツリーとしての役割を終えたマツは、それらの木に場所を譲って枯れていきます。
そのような自然な遷移で枯れるなら問題はないのですが、マツノザイセンチュウにより、後継樹がないにも関わらず、マツが全て枯れると、山は裸になってしまいます。
そこで、私たちは、後継樹が育っていないマツ枯れの跡地などに、マツノザイセンチュウに抵抗性を持つ苗木を植えたり、抵抗性の種を蒔くなどの対策をとっています。
【動画】マツ枯れ対策
「実行」に関する活動を見る
専門家と共に行う調査
現地調査とシミュレーションを組み合わせ、森の「今」を理解し「未来」を予測します。
調査をベースとした計画
ビジョン策定
「天然水の森」では、30年から100年という長期的な視点で森林の保全と再生に取り組んでいます。その基盤となるのが、ビジョンの策定です。
森林の状況は場所ごとで大きく異なるため、過去の経緯や現在の状況を徹底的に調査します。調査項目は、地形図や航空写真、現存植生区分、群落(※)ごとの特徴など多岐にわたります。
調査結果を基に、植生コンサルタントや林業専門家、有識者の皆さんとディスカッションを重ね、群落ごとに課題を抽出します。そのうえで、それぞれの課題に複数の解決策を策定し、整備方針を決定します。5年から10年をめどにビジョンを更新することで、検証や改善につなげていきます。
同じ場所で一緒に生育している、ひとまとまりの植物群のこと
この活動に携わる専門家
株式会社地域環境計画
株式会社里と水辺研究所
合同会社MORISHO
株式会社愛植物設計事務所
森林整備計画の実行
各分野のプロの皆さんと協力しながら、整備活動を進めています。
継続的な調査による改善
森に生息する生き物や植物の状態は常に変化しています。「天然水の森」では、継続的な調査を基に改善につなげています。
活動の中での実例
自然相手の仕事では、整備が思い通りに進まないこともしばしばあります。そのため、整備後も継続的に調査を続けることがとても重要です。時には、思った以上に良い結果になることもあれば、完全な失敗に終わることもあります。ここからは、活動の中の失敗や発見の一部をご紹介します。
去年までシカはいなかったのに
「天然水の森 奥大山」では、冬場に2~3メートルもの雪が積もります。そのため、最近まで、シカの姿は一切ありませんでした。ところが、草や低木にシカの食痕が見られるようになってしまいました。緊急でカメラを設置した所、そこには多くのシカが写っていました。
「天然水の森 奥大山」の整備方針は、シカがいない前提で立てられています。これまでは、全国でも例外的に整備による効果が表れやすい、生物多様性豊かな森でした。
しかし残念ながら、その方針を全面的に見直す必要が出てきました。まずは重要な箇所を柵で囲むことから始めましたが、通常の金属柵では、雪解けの時期の雪の移動で柵が破壊されてしまいます。そこで、雪解け直後に樹脂ネットを設置し、雪が積もり始めた頃に、このネットを地面に寝かすという窮余の策を行っています。
軽石で出来た山?
「天然水の森 しずおか小山」の協定を結んだ際に、一番驚いたのは、この山の崩れやすさでした。既設の作業道の大部分が、大雨の際に大きく削られ、いたる所に深い溝が掘られていたのです。
実はこの山は、富士山の噴火で吹き出した火山灰と、スコリアと呼ばれる小さな軽石の層が交互に重なっており、作業道などをつくって地面を剥き出しにしてしまうと、軽石層が、あっという間に水で削られてしまうのです。
そこで私たちは、今後使う予定がない作業道を森に戻すことにしました。残念ながら、ここもシカが多い土地なので、道の平面部分には、シカに食べられにくいミツマタとススキを植えました。ススキはシカが好まない草なのですが、なぜかシカに引き抜かれることが多いため、しっかりと根が張るまでは農業用の防鳥ネットで覆っています。その片側に植えた広葉樹は、単木保護です。
森づくりを進める中での新発見
継続的にR-PDCAのサイクルを回す中で、意外な事実が見つかることもあります。活動の中での、生き物や植物に関する新発見をご紹介します。
冬場のシカが、落ち葉ばかり食べていた
「天然水の森 東京大学秩父演習林プロジェクト」で、シカが季節ごとに何を食べているかを調べるために、フンのDNA解析を行ったところ、驚くべき結果が出ました。
なんと、冬場のメインの餌がカエデとミズキの仲間だったのです。カエデもミズキも落葉樹です。つまり、冬には緑の葉っぱは存在しません。その後、定点カメラの映像に、落ち葉を食べているシカの群れが写っていました。ご覧のようにシカたちは、全く痩せていません。
落ち葉で生きていけるなら、餌資源は無限大になってしまいます。「緑を食べ尽くせば、シカが飢えて減るだろう」というかつての楽観的な仮説は、もはや通用しないということです。現在は、生物多様性を守るための、新たな作戦を立案中です。
この活動に携わる専門家
平尾 聡秀
東京大学 講師
プロジェクト」の活動を見る
侵入竹林問題の救世主になるかも?
「天然水の森 天王山」で、竹林に隣接して作業道を通した場所があります。その際、作業道の法面(※1)を保護するために、シカが食べないミツマタという木を植えました。
すると、予想外のことが起こりました。ミツマタが密植されている道路の側には、タケノコが生えてこなくなったのです。ミツマタには、竹の根が嫌うアレロパシー効果(※2)があるようです。もしそれが正しいなら、全国の侵入竹林問題への明るい光になるかもしれません。
- 作業道の両側につくられた斜面のこと。「のりめん」と読む
- ある植物から放出される化学物質が、他の植物や微生物に何らかの影響を及ぼす現象のこと