獣害対策
植物をシカから守るために
「天然水の森」における最大の課題のひとつが、シカの採食圧です。写真のように多くの森で、地表の植物が全てシカに食い尽くされ、場所によっては激しい土壌流出が起き始めています。
シカは、おいしい草から食べ始め、最後には毒草さえも食べられるようになります。そのため、シカに食い尽くされた植物の順番で、その植物に依存している虫や鳥、動物たちが姿を消してしまいます。例えば、ササが食い尽くされると、ササに依存しているウグイスやコマドリ、コルリなどがいなくなります。
そこで私たちは、崩壊危険地や重要な植物が生えている場所を選んで柵で囲み、植物をシカから守ることで、柵の中を遺伝子資源の銀行として将来に備えています。
また、シカに過剰な餌を与えないため、植樹や間伐をしたら可能な限り柵で囲むことにしています。柵なしで植樹すると、全てシカの餌になってしまい、かえってシカを増やすことになりかねないからです。反対に、柵の外ではシカが好まない植物で地表を覆い、土壌流出や斜面崩壊を防いでいます。
根本的な問題解決のためには、適正な頭数までシカの密度を調整することが必要です。しかし、この対策は民間企業では実施が難しいため、国や自治体の事業に期待が寄せられています。環境省でも、すでにシカに関しては保護から頭数管理に方針を切り替えていますが、解決にはまだまだ時間がかかりそうです。
下の写真のようにシカの密度調整がうまく進んでいる森では、柵外にも関わらず、林床(※)植生が回復している場所もあります。
森林の地表面のこと
この活動に携わる専門家
服部 保
兵庫県立大学 名誉教授
平尾 聡秀
東京大学 講師
シカ柵の工夫
シカ柵の設置を進める中では、雨によって削られた隙間からシカが侵入したり、柵の外の切り株を踏切り台にして飛び込まれるなど、さまざまなアクシデントが発生します。そのたびに試行錯誤し、新たな対策を講じてきました。その一部をご紹介します。
シカが柵を飛び越えそうな場所は柵を嵩上げ
シカの助走を防ぐためにスカートネットを設置
踏み切り防止のために伐り株を地際でカット
谷地形には金属の杭を打ち込み、シカのくぐり抜けを防止
シカの生態を見る【動画】シカ問題
「実行」に関する活動を見る
専門家と共に行う調査
現地調査とシミュレーションを組み合わせ、森の「今」を理解し「未来」を予測します。
調査をベースとした計画
ビジョン策定
「天然水の森」では、30年から100年という長期的な視点で森林の保全と再生に取り組んでいます。その基盤となるのが、ビジョンの策定です。
森林の状況は場所ごとで大きく異なるため、過去の経緯や現在の状況を徹底的に調査します。調査項目は、地形図や航空写真、現存植生区分、群落(※)ごとの特徴など多岐にわたります。
調査結果を基に、植生コンサルタントや林業専門家、有識者の皆さんとディスカッションを重ね、群落ごとに課題を抽出します。そのうえで、それぞれの課題に複数の解決策を策定し、整備方針を決定します。5年から10年をめどにビジョンを更新することで、検証や改善につなげていきます。
同じ場所で一緒に生育している、ひとまとまりの植物群のこと
この活動に携わる専門家
株式会社地域環境計画
株式会社里と水辺研究所
合同会社MORISHO
株式会社愛植物設計事務所
森林整備計画の実行
各分野のプロの皆さんと協力しながら、整備活動を進めています。
継続的な調査による改善
森に生息する生き物や植物の状態は常に変化しています。「天然水の森」では、継続的な調査を基に改善につなげています。
活動の中での実例
自然相手の仕事では、整備が思い通りに進まないこともしばしばあります。そのため、整備後も継続的に調査を続けることがとても重要です。時には、思った以上に良い結果になることもあれば、完全な失敗に終わることもあります。ここからは、活動の中の失敗や発見の一部をご紹介します。
去年までシカはいなかったのに
「天然水の森 奥大山」では、冬場に2~3メートルもの雪が積もります。そのため、最近まで、シカの姿は一切ありませんでした。ところが、草や低木にシカの食痕が見られるようになってしまいました。緊急でカメラを設置した所、そこには多くのシカが写っていました。
「天然水の森 奥大山」の整備方針は、シカがいない前提で立てられています。これまでは、全国でも例外的に整備による効果が表れやすい、生物多様性豊かな森でした。
しかし残念ながら、その方針を全面的に見直す必要が出てきました。まずは重要な箇所を柵で囲むことから始めましたが、通常の金属柵では、雪解けの時期の雪の移動で柵が破壊されてしまいます。そこで、雪解け直後に樹脂ネットを設置し、雪が積もり始めた頃に、このネットを地面に寝かすという窮余の策を行っています。
軽石で出来た山?
「天然水の森 しずおか小山」の協定を結んだ際に、一番驚いたのは、この山の崩れやすさでした。既設の作業道の大部分が、大雨の際に大きく削られ、いたる所に深い溝が掘られていたのです。
実はこの山は、富士山の噴火で吹き出した火山灰と、スコリアと呼ばれる小さな軽石の層が交互に重なっており、作業道などをつくって地面を剥き出しにしてしまうと、軽石層が、あっという間に水で削られてしまうのです。
そこで私たちは、今後使う予定がない作業道を森に戻すことにしました。残念ながら、ここもシカが多い土地なので、道の平面部分には、シカに食べられにくいミツマタとススキを植えました。ススキはシカが好まない草なのですが、なぜかシカに引き抜かれることが多いため、しっかりと根が張るまでは農業用の防鳥ネットで覆っています。その片側に植えた広葉樹は、単木保護です。
森づくりを進める中での新発見
継続的にR-PDCAのサイクルを回す中で、意外な事実が見つかることもあります。活動の中での、生き物や植物に関する新発見をご紹介します。
冬場のシカが、落ち葉ばかり食べていた
「天然水の森 東京大学秩父演習林プロジェクト」で、シカが季節ごとに何を食べているかを調べるために、フンのDNA解析を行ったところ、驚くべき結果が出ました。
なんと、冬場のメインの餌がカエデとミズキの仲間だったのです。カエデもミズキも落葉樹です。つまり、冬には緑の葉っぱは存在しません。その後、定点カメラの映像に、落ち葉を食べているシカの群れが写っていました。ご覧のようにシカたちは、全く痩せていません。
落ち葉で生きていけるなら、餌資源は無限大になってしまいます。「緑を食べ尽くせば、シカが飢えて減るだろう」というかつての楽観的な仮説は、もはや通用しないということです。現在は、生物多様性を守るための、新たな作戦を立案中です。
この活動に携わる専門家
平尾 聡秀
東京大学 講師
プロジェクト」の活動を見る
侵入竹林問題の救世主になるかも?
「天然水の森 天王山」で、竹林に隣接して作業道を通した場所があります。その際、作業道の法面(※1)を保護するために、シカが食べないミツマタという木を植えました。
すると、予想外のことが起こりました。ミツマタが密植されている道路の側には、タケノコが生えてこなくなったのです。ミツマタには、竹の根が嫌うアレロパシー効果(※2)があるようです。もしそれが正しいなら、全国の侵入竹林問題への明るい光になるかもしれません。
- 作業道の両側につくられた斜面のこと。「のりめん」と読む
- ある植物から放出される化学物質が、他の植物や微生物に何らかの影響を及ぼす現象のこと