レモンという果実には不安定な不思議な魅力がある。色のせいだろうか。温暖、チャーミング、ビタミンCといった笑顔あふれる快活さの一方で、色と酸っぱさが相まって、ためらいを生じさせたりもする。注意を示す信号機の黄色と同じように、危険を知らせるネガティブさもある。
それでも日本人はレモンに対してポジティブなのではなかろうか。反対に英語圏の国ではネガティブイメージで捉えられているそうだ。
見た目はいいが、酸っぱいだけ、という感覚が強いらしい。不良品、魅力欠如、マヌケ。役立たずの価値がないものの象徴で、たとえばlemon carは欠陥車のことを言う。
フランスではレモンは何故か青(緑色?)の印象で語られており、顔色のよくない不健康なイメージに使われるそうだ。南仏コート・ダジュールには盛大なレモン祭りで知られる町があるのに、理解し難い。
イタリア人はどうなんだろう。料理にはいっぱいレモンを絞りかけるし、日本の梅酒に通じるレモンチェッロというマンマの酒もある。地中海沿岸地域に生きる人たちはポジティブイメージのはずだ。
かつての名高いフォークグループ、PPMことピーター・ポール&マリーのデビュー曲は『Lemon Tree』(1962年)。歌詞がとても面白い。
10歳の頃、父親からレモンの木の下で教えを受けた。レモンの木は可愛い。花は甘い香り。でもな、果実は食べられたもんじゃない。恋に溺れちゃ駄目だ。恋は可愛いレモンの木なんだ。
やがて恋人ができ、レモンの木の下で愛を語り合うようになる。父親からの教訓は、すっかり忘れていた。そして彼女には別の恋人ができる。
軽快なメロディーにのってPPMのコーラスは、レモンの木は可愛くて、花の香りは甘いけど、果実は食ベられたもんじゃない、と繰り返す。
これがレモンに対する英語圏の人たちの感覚なんだろうな。
先日、花冷えの夜にバーに行った。ホットウイスキーでも飲みたい気分だったが、口はなんだか甘酸っぱさを欲していた。バーテンダーにそのことを伝えると、しばらく空を見つめて考えてから「ちょっと遊んでいいですか」と言って即興でホットカクテルをつくってくれた。
使用するのはフランスの老舗リキュールメーカー、ルジェ社の「ルジェレモン」。15年熟成のウイスキーにヘザーハニー、柑橘類やハーブのスパイシーさを抱いたスコットランドのリキュール「ドランブイ」。これに熱湯を加え、スターアニスを浮かべたホットカクテルだった。
わたしはひと口啜ると「ハイカラな味わいだね」と呟いていた。レモンやハーブの味わいがミックスされた、木の芽の季節の感覚を漂わせた独特のエキゾチックさで心身を温めてくれた。