Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ノルマンディー・コーヒー

カルヴァドス ブラー
グランソラージュ
30ml
砂糖(ザラメ) 1tsp.
コーヒー
(ホット濃いめ)
適量
生クリーム 適量
ビルド/耐熱グラス
グラスにザラメを入れ、コーヒーとカルヴァドスを注ぎ、ステアする。最後にホイップした生クリームをフロートする
*写真のつくり方は本文参照

小説『凱旋門』がカルヴァドスを有名にした

フランス・ノルマンディー地方特産のりんごを原料にした蒸溜酒、カルヴァドスを語った文章でよく登場してくるのが、エーリヒ・マリア・レマルク(1898−1970)の小説『凱旋門』である。第二次世界大戦前夜のパリを舞台にしたこの作品が、カルヴァドスを世界的に有名にした。

『凱旋門』は第二次世界大戦終結の翌年、1946年に発表。2年後にシャルル・ボワイエとイングリッド・バーグマンの『ガス燈』コンビで映画化された。小説を読み、あるいは映画を観てパリを訪れた旅行者は、シャンゼリゼのカフェ・ブラッスリー『ル・フーケッツ』(Le Fouquet’s/1899年創業)で必ずカルヴァドスをオーダーしたそうだ。

作品ではカルヴァドスといまも観光名所的な『ル・フーケッツ』が印象的に登場する。実際、レマルクは構想時に主人公が飲む酒の設定に悩み、この店で候補を試してみて、カルヴァドスに決めたという。

ただし原作を読んでから映画を観ると、不満が残る。映画は原作に比べ深みが足りない。ナチスから逃れ、パリで出自を隠して生活する亡命者の陰の描きが鈍く、映画は恋愛ものとしての印象が強い。

レマルク自身が亡命者だった。彼はドイツ人。第一次世界大戦に従軍して負傷。戦後に作家として活動し、1929年に彼自身を投影しているとされる兵士を描いた『西部戦線異状なし』を発表するとベストセラーとなり、翌年にはハリウッドで映画化されて世界的な作家となった。ところが同時にナチスが台頭しはじめ、彼は反戦的と見なされたため、スイスへ亡命したのである。

1938年にはドイツ国籍剥奪。根なし草の難民となり、翌年にノルマンディーのシェルブール港から客船でアメリカヘ向かう。『凱旋門』はアメリカで仕上げられたものであり、アメリカ国籍取得は1947年のことになる。


さて今回のカクテルは「ノルマンディー・コーヒー」。アイリッシュウイスキーでつくる「アイリッシュ・コーヒー」のアレンジ・カクテルのひとつ。

ノルマンディーと名が付けば、ベースのスピリッツはもちろんカルヴァドス。最良のブランドは「カルヴァドス ブラー グランソラージュ」。他には砂糖(ザラメ)、コーヒー、生クリームを使う。

「アイリッシュ・コーヒー」に関しては第27回『カクテルは空を飛ぶ』、「カルヴァドス ブラー」は第24回『薔薇色の時、ジャック・ローズ』で詳しく述べているので是非そちらをご一読いただきたい。

カルヴァドスと、コーヒーと、切なさと

「アイリッシュ・コーヒー」は心身に温もりを与えてくれるとともに疲れた神経を覚醒させてくれるような感覚がある。もちろん「ノルマンディー・コーヒー」も心地よい温もりがあるが、こちらはなんだか切なさも漂う。

コーヒーの味わいにザラメと生クリームがやさしく溶け込んだなかから、カルヴァドスのリンゴのみずみずしいフルーティーな口中香が浮遊してくる。独特の甘酸味があり、杏(あんず)のようなテイストも感じ取れる。ウイスキーベースの「アイリッシュ・コーヒー」にはない、この果実のニュアンスが切なさを呼ぶのではなかろうか。

ゆるゆると口に含むと、わたしはシャンゼリゼのカフェとカルヴァドスが絡む切ないストーリーを想い起こし、味わうほどに原作者レマルクの生き様へと導かれていく。

レマルクはナチスによってフランス系ユダヤ人の末裔という虚偽の情報を流された。妹は強制収容所に送られ、1943年に処刑。悲しみは深く重い。

スイスへ亡命後の彼はパリで女優マネーレ・ディートリヒと逢瀬を重ね、映画化では彼女が演じることを念頭において『凱旋門』の構想を練った。そしてディートリヒの助言でアメリカに渡るが、恋多き彼女とうまく行くはずもなく、彼自身も後にグレタ・ガルボ、ロシア公女など多くの女性とのロマンスを繰り広げることになる。

また第二次世界大戦がはじまるとドイツ人亡命者であったため、アメリカ政府に常に監視されていた。そんな状況下で『凱旋門』を書きつづけたのだ。

波瀾万丈。レマルクの胸に刻み込まれた、常人には窺い知れないさまざまな想いが『凱旋門』という作品には投影されている。


第27回「アイリッシュ・コーヒー」ではウォーマー器具を使ってフランベするやり方を紹介した。「ノルマンディー・コーヒー」も同じ様につくれるのだが、今回はまた違う方法を紹介しよう。

フランスにコーヒーが登場したのはルイ14世の時代、17世紀半ば過ぎ。マルセイユにオスマン・トルコからコーヒーという飲み物が伝わる。そこからやがてパリの社交界にトルコスタイルのコーヒーが広まっていったという。

トルココーヒーは銅または真鍮のジャズベ、あるいはイブリックという長い柄のついた柄杓(ひしゃく)のような器具を使ってつくる。仲良しのバーテンダーは「ノルマンディー・コーヒー」にフランスへのコーヒー伝播の歴史を結びつけ、銅製のジャズベを使った演出をする。

まずカルヴァドスの入ったジャズベをアルコールランプにかけ、ほどよく熱したところでフランベして青い炎を揺るがせる。それをザラメの入った耐熱グラスに注いでザラメを溶かす。次に濃いめのホットコーヒーを注ぎ、最後にホイップした生クリームをフロートさせる。

カウンター席で炎が淡く揺れるこのプレゼンテーションを眺めているだけで心地よい。とても柔らかい時の流れに包み込まれる。

カルヴァドス関連のエッセイはこちら

第24回「薔薇色の時、ジャック・ローズ」カルヴァドス ブラー グランソラージュ

「アイリッシュ・コーヒー」に関するエッセイはこちら

第27回「カクテルは空を飛ぶ」アイリッシュ・コーヒー

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

ブランドサイト

カルヴァドス ブラー グランソラージュ
カルヴァドス ブラー
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