秋から冬にかけて、食後酒としてふさわしいカクテルを紹介しよう。
美しい薔薇色。ちょっと照れくさくなるほどの華やぎがあり、とろけるような甘みの中に酸味がほどよく溶け込んでいる。思いのほか胃をすっきりとさせ、満腹感を鎮めてくれる。季節柄、味付けの濃いものが多くなるディナーの後、この一杯は優しく抱擁するかのような穏やかな心地へと誘う。
その名は「ジャック・ローズ」。アップルブランデーのカルヴァドスをベースに、ライムジュースもしくはレモンジュース、そしてザクロのグレナデンシロップをシェークしてつくる。
ところでカルヴァドスとはどんな酒なんだろう。まずフランスの北部、ノルマンディー地方の特産で原産地呼称規制の対象。カルヴァドスAC地域以外でつくられるものは単にアップルブランデーと呼ばれる。りんごを原料とする蒸溜酒であり、味わいを調整するために西洋梨(ポワール)を少量だが原料に加える。
中心部の最優良産地ペイ・ドージュ(Pays d'Auge)地区で生産されるものは、シャラント型と呼ばれるコニャックと同形の単式蒸溜器の使用が義務づけられてもおり、別格に扱われる特級品だ。なかでもペイ・ドージュの中心地、コカンヴィエリの町に本社を置く1825年創業のブラー社は、高品質のカルヴァドスを生みだすことで知られている。
バーテンダーの多くは「カルヴァドス ブラー グランソラージュ」(以下ブラー)を「ジャック・ローズ」のベースに使う。「グランソラージュ」は3~5年熟成したフレッシュな原酒をブレンドしたもの。りんごのみずみずしくフルーティーな香りで魅了する。その上の「カルヴァドス ブラー X.O.」になると8年〜40年の原酒をブレンドした深くなめらかな熟成感を堪能でき、ぶどうを蒸溜した高級ブランデーとはまたひと味異なる麗しさがある。
ただしカルヴァドスをベースに使っていても、「ジャック・ローズ」がフランス生まれのカクテルかというと、そうではない。フランス人はカクテルにするよりもストレートでカルヴァドスを飲む人のほうが圧倒的に多いはずだ。
アメリカにニュージャージーで採れるりんごを原料にした「アップル・ジャック」というブランデーがある。日本には輸入されておらず、アメリカでもマイナーな酒だ。実は本来「ジャック・ローズ」はこの「アップル・ジャック」がベースのカクテルである。つまりカルヴァドスを使うことによって世界的なカクテルに成長したということになる。
開拓時代のアメリカ東部。冬の夜、手製のりんご酒を零下の戸外に出しておくと水分だけが凍る。翌朝にその氷を取り除くとアルコール分の強い酒を得ることができた。この行為から「アップル・ジャック」と命名されたのだ。
いまはどうか知らないが、かつてニューヨークのカジュアルなバーでは、「アップル・ジャック」をソーダ水やジンジャーエールで割ったり、「サイドカー」のアレンジの「アップルカー」をよく目にした。興味を抱いたわたしは10年ほど前、「アップル・ジャック」を求めてマンハッタンの酒屋をまわったことがあるが、4軒目でやっとボトルを見つけ、購入できた。東部でこれだから西部ではよほど物好きな店主が経営する酒屋にしか置いていないようで、見つけるのは運頼みである。
現代の「アップル・ジャック」はカルヴァドスと同様、りんごを発酵させてシードルをつくり、単式蒸溜器で2度蒸溜する。異なるのは2年以上熟成後にグレーン・ニュートラル・スピリッツとブレンドさせる点だ。香味はカルヴァドスほどに洗練されていない。いかにもアメリカ東部の地酒らしい味わいだ。その昔はもっと荒削りだったことだろう。
粗野な香味をなんとかお洒落に美味しく飲もうと考案されたカクテルが「ジャック・ローズ」なのではなかろうか。いつしか「アップル・ジャック」のジャックとカクテルの色調の薔薇色を結びつけてこのカクテル名が生まれたのではなかろうか。
ところがニューヨークのカジュアルなバーで「ジャック・ローズ」をオーダーすると通じない場合が多い。レシピを伝えると「なんだ、アップル・ジャック・カクテルのことか」と返されることもある。
オーセンティック・バーだとカルヴァドスですぐにつくってくれる。気になるのはあちらのバーテンダーはライムではなくレモンジュースをよく使う。これはブランデーベースの古いカクテル「ブランデーサワー」に倣っているのかもしれない。アメリカのカクテルブックには、「ジャック・ローズ」はライム、「アップル・ジャック・カクテル」にはレモンと記載しているものもあるのだが、レモン派の割合が多い。
背景についていろいろ述べてきた。わたしはワイン好きの女性に食後酒としてすすめている。ほとんどの方が満足してくれる。りんごと柑橘類とザクロの三位一体が胃を落ち着かせてくれる。りんごもザクロもこれからの季節の果物だ。秋から冬の味覚を満喫した後の相性としてはこの上なくいい。薔薇色のアフター・ディナー・タイムを過ごせる。