ミントの葉を使うカクテル、モヒートやミントジュレップの人気が近年高まっているが、バーテンダーの繊細なサービスには驚かされる。
仲のいいバーテンダーにミントジュレップをつくってもらうと、彼はペパーミントとスペアミントの2種を使う。比率はペパーミント7、スペアミント3で、ときに8対2にすることもあるという。
何故か。ペパーミントはメントールを主成分としてとても清涼感にあふれている。しかしながらこの葉だけだと飲んでいくうちに「ダレちゃう」というのだ。清涼感の刺激が強過ぎるので、飲んでいて中だるみする人もいるらしい。そこで彼は料理にもよく使われるカルボンを主成分とした甘さのあるスペアミントを足す。
さらにはカクテルブックには"ミントの葉をつぶす"と書かれているが、グイグイっとチカラを入れてつぶすものではないらしい。ミントはデリケートで、葉の裏を指先ですっと撫でるだけで香りを解き放つ。だからバースプーンで軽く叩くといった程度が好ましいそうだ。強くつぶし過ぎると嫌なえぐみが出てしまう。
基本レシピはグラスにミントの葉と砂糖を入れ、少量の水またはソーダ水を注いで、砂糖を溶かしながらミントの葉をつぶすというもの。彼はシュガーシロップを使うことでミントの葉へのダメージを抑えている。
こうした工夫で刺激を柔らかくして、しなやかな味わいに仕上げるのだ。
そして通常は背の高いコリンズグラスに仕上げるのだが、ケンタッキーダービーが開かれる5月になるとバラの花をあしらったゴブレットにつくってくれたりもする。観客たちがミントジュレップを飲みながら観戦し、優勝馬にバラの花でつくったブランケットを掛けることから"Run for the Roses"とも呼ばれるこのダービーにちなんだものだ。ちょっとしたサービスから会話が弾み、寛げるのだ。
いつもわたしは「ジムビーム ブラックラベル」の甘美な熟成感とミントの爽やかさが溶け合ったミントジュレップを飲むことが多い。気分によってはサラッと軽快な味わいを求めることもあり、バーボンウイスキーではなく「ジムビーム ライ」でつくってもらう。
「ジムビーム ライ」は軽快でライトタイプ。ライ麦特有のスパイシーさにフルーティーさもかすかに感じられる。仲のいいバーテンダーはこの場合、スペアミントの比率をわずかに高くするそうだ。
ライウイスキーでつくってもらうのにはもうひとつ理由がある。それは古典の愉しみ。
ジュレップの語源はペルシャ語のグルアーブ(gluab/グルはバラ、アーブは水)。その昔、バラの花を蒸溜した化粧水、ローズウォーターがアラビア語圏に広まりジュラブ(julab)と呼ばれる。15世紀に英語に取り入れられると、さらに18世紀に新天地アメリカに伝わってジュレップに転訛する。とくに南部で芳香性のある飲料のことを言うようになり、やがてミントの葉を使った清涼感のあるカクテルを指すようになったと言われている。
だから最初は現在のようにバーボンウイスキーベースのミントジュレップではなかった。アメリカ南部ではモヒート的にラムを使ったり、またボルドーの赤ワイン、マデラワイン、ブランデーベースもあった。ウイスキーベースはライウイスキーである。かつてアメリカでウイスキーといえばライだったのだ。
バーボンウイスキーが広く流通しはじめたのは南北戦争後、19世紀も半ばを過ぎてからになる。それ以降、南部でバーボンに好んでミントを入れるようになったらしい。
そんな歴史の流れから、わたしは昔を思って「ジムビーム ライ」でミントジュレップを飲む。実は20年ほど前、あるベテラン・バーテンダーにライベースをすすめられて飲んだときに、ジョージ・ガーシュイン作のミュージカル『ポーギーとベス』の中で歌われるブルース調の子守唄「サマー・タイム」が店内に流れた。マイルス・デイヴィスの演奏だった。
20世紀初頭のアメリカ南部の過酷な黒人社会を描いた物語の中で、この曲はあたたかい安らぎをもたらしている。
「バーボンもいいけれど、わたしはライのスパイシーさに古き良きアメリカを感じる」
バーテンダーにそう言われると、名曲とライウイスキー、ミントの香味が三位一体となり、南部の風に吹かれているような気分になった。いまでも「サマー・タイム」を聴くと日だまりに爽やかな風がそよぐ心地を感じて、「ジムビーム ライ」でミントジュレップを飲みたくなる。
いろんなアーティストがカバーしているが、ジャニス・ジョプリンが歌った「サマー・タイム」はクールだ。アルバム『チープ・スリル』に収められていて、ブルース・ロック風のアレンジが利いている。
さて、昔のミントジュレップの名残のようなレシピのラム・ジュレップも紹介しておこう。ホワイトラムとダークラムの両方を使うもので、こちらも日だまりの温もりと涼風を想起させて、なかなかに味わい深い。