Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ジン・トニック

ビーフィータージン47度 45ml
トニックウォーター 適量
ビルド/タンブラー
氷を入れたグラスにライムまたはレモンを搾り入れ、ジンを注ぎ、冷やしたトニックウォーターを満たす

マラリアとジェスイットの粉

長年、カクテルのいちばん人気は「ジン・トニック」である。日本のバーでは“とりあえず”の挨拶代わりの一杯だといえよう。

材料はジンとトニックウォーター、ライムもしくはレモンの果汁のみ。すっきりとした清涼感は季節や時間を選ばない。

ご存知のように、このカクテルはマラリア対策として生まれたもので、悲惨な状況下に対処したものだった。誰もここまで世界的にポピュラーなドリンクとなろうとは思いもしなかったであろう。


マラリアという熱帯病で死亡する人は、いまだに年間200万人にのぼるという。感染症として制圧できていない。大昔は熱帯の地域だけでなく、ヨーロッパをはじめ日本にもマラリアはあった。環境の悪い場所に、土着のマラリアが発生していたのだ。

古代ローマでは現在のバチカン宮殿周辺が沼地で病原体であるマラリア原虫を持つハマダラ蚊が生息し、多くの人命を奪った。それを“ローマ熱”と呼んだ。日本には、低湿地だけでなく水田にハマダラ蚊が生息していたそうだ。環境改善や農業技術の進歩によってマラリアを克服できたといわれている。

さて17世紀から18世紀にかけての時代。アジアの特産品貿易や植民政策のためにイギリスやオランダなどのヨーロッパの国々に東インド会社がつくられ、東アジアで覇権を競った。

そんななかインドに赴任したイギリス人、インドネシアに赴任したオランダ人など、東インド会社の社員たちの死亡率は異常なまでに高かったのである。とくに6月から9月にかけてのモンスーン期は死の季節であった。この時期にはカルカッタに居住したイギリス東インド会社の社員の3分の1がマラリアによって亡くなったといわれている。

まだ医学の進歩をみない時代であり、特効薬など当然なかった。ただひとつ、コスタリカからベネズエラ、ボリビアまでの南米を原産とするアカネ科アカキナノキの根元にたまった苦い水を飲むと、マラリア患者の熱が下がると言い伝えられていた。アカキナノキは在来種の生態系に多大な影響を与えるため、現在は国際自然保護連合によって侵略的外来種ワースト100に入れられているが、可愛らしい白やピンク色の花(イラスト参照)を咲かせる。

このキナの樹皮に抗マラリア作用があることを確認し、17世紀半ばにヨーロパにもたらしたのがイエズス会の宣教師たちである。

ところが宗教改革による旧教と新教の対立問題があり、イエズス会(ジェスイット)がいかがわしい粉を広めようとしているとの風評によって、いまひとつ浸透しなかった。広く使われるようになるには時間が必要だった。

イギリス東インド会社とトニックウォーター

インドに進出したイギリス東インド会社もジェスイットの粉に目を向ける。イギリス本国は、マラリアに倒れた社員のための膨大な数の墓石とともにジェスイットの粉も送るようになる。

ただし、キナの樹皮の抽出物、主成分キニーネ(quinine/あるいはキニン。英語ではクィニーンみたいな発音)は非常に苦い。これに砂糖と炭酸水を加えて飲んだ。さらにはジンをミックスした。「ジン・トニック」のはじまりであり、マラリア対策として飲まれたのだった。

本格的に炭酸水にキニーネをはじめ香草、果皮、糖分などを配合したトニックウォーターが開発されたのは1771年頃のことになる。

ただし、当時の「ジン・トニック」は、現在わたしたちが口にしている味わいとはかけ離れているということを認識しておいていただきたい。トニックウォーターはいまよりも苦いものだったであろうし、ジンはドライジンではなく、加糖された甘口のジンであった。テイストは、ちょっと想像しづらい。

いまトニックウォーターはさまざまにある。微量のキニーネを使用したもの、香料を使用したものなど一様ではない。

実はキニーネと呼ばれるようになったのは分析研究がすすんだ19世紀になってからのこと。1820年、フランス人化学者がキナの樹皮に抗マラリア活性のあるアルカロイドを突き止め、それをキニーネと命名した。


さて「ジン・トニック」。わたしはベースのジンは「ビーフィーター」を好む。ジュニパーベリーをはじめとしたボタニカルのオイリーさが抑えてあり、柑橘系のすっきりとした味わいがこのカクテルにはよく合う。

問題はつくり方。とにかくいじらないでもらいたい。バースプーンでグラスと氷の間に隙間をつくり、グラス底にたたずむジンにダイレクトにトニックウォーターを注いで欲しい。ステアなんてしなくていいくらい。トニックウォーターの炭酸をいじると、ベターっと甘い味わいになってしまい、すっきりとした清涼感が損なわれる。

若者のなかには、バーで「ジン・トニック」をオーダーしたら恥ずかしいのでは、通人は飲まないかも、と勝手に思い込んでいる人もいるらしい。

誰が、どんなときに飲んでも構わない。バーテンダーにとっては他のジンベースのギムレットやマティーニといったカクテルをつくる時と同じ気持ちでつくる、大切なスタンダードカクテルである。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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ビーフィータージン
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