ライムジュースにジンとソーダ水。「ジン・リッキー」はとてもシンプルで、ライムの爽やかな酸味がジンの香味にすっきりと溶け込んだテイストはリフレッシング・ドリンクの代表格といえよう。
はじめて「ジン・リッキー」を口にしたときの感覚を覚えている。子供の頃夏がやってきてプール開きとなると、毎年のようにスタート台から水面に向かってシーズン初飛び込みを敢行した。そのときのこころ持ちに似ていた。
水中に勢いよく潜り込むと、身体が不思議な透明感に包まれた。ほんのわずかな時の流れのなか、穢れのない世界に入り込んだ気がした。そのまま水圧に抗うことなくスーッと浮かび上がる。水面上に顔を出し、眩い太陽の光を浴びると、とても爽快で、なんだか自分が洗い清められた気がした。
ただし、夏も終わりに近づくとそんな感覚は麻痺してしまう。「ジン・リッキー」も同じ。歳を重ねるほどに、はじめて味わったときの想いなど忘れてしまっていた。
ところがこの夏、シーズン初飛び込みのあの透明感がよみがえったのだ。ジャパニーズ・クラフトジン[ROKU]をベースにした「ジン・リッキー」を飲んで、オオッ、と唸ってしまった。清冽だった。
[ROKU]に関しては連載第77回「ジン・ビターズ」で詳しく述べているので、そちらをご一読いただきたい。とりあえず簡単に説明すると、ジュニパーベリーをはじめとした8種のボタニカルからなるドライジンに、八重桜、大島桜の葉、煎茶、玉露、山椒の実、柚子の皮といった和のボタニカルの香味が融和したプレミアムなジンである。
あくまで私見だが、このクラフトジンにはいろんな材料をミックスしないで、生(き)の味わいを堪能するのがいちばんだと思っている。
日本の豊かな自然の恵みを生かした[ROKU]のクラフト感をじっくりと堪能したい場合はオン・ザ・ロックを好む。清涼感を欲しているときはトニックウォーターとソーダ水で割る「ジン・ソニック」を飲むことが多い。
さて、大好きとなった[ROKU]ベースの「ジン・リッキー」である。ソーダ水が[ROKU]のプレミアムな香味にライムの酸味をほのかに乗せてそよがせている。ほかのジンベースとはひと味違う透明感があり、キレイ、と表現できるだろう。
ただし、グラスに入れられたライムをマドラーであんまりいじってはいけない。ライムの青っぽい酸味が強く出過ぎると[ROKU]の魅力が損なわれる。
ほかのジンをベースにした場合、ライム感を強調したくなるし、それがまた美味しくもある。ドライジンといってもそれぞれに酒質が異なり、一様ではない。[ROKU]には繊細さがある。そこが魅力なのだ。
ところでこの「ジン・リッキー」、最初は「ジョー・リッキー」というウイスキーベースのカクテルだった。やがてジンやブランデーなど他のスピリッツでもつくられるようになり、いつの間にかジンが主流になったのだ。
はじまりは1883年。アメリカ合衆国首都、ワシントンでのこと。国会議事堂一帯をキャピトル・ヒルと呼ぶが、そこにシューメーカー(Shoomaker’s)というレストラン・バーがあった。
下院の組成や下院議長選挙の最中、民主党の大物カーネル・ジョゼフ・カイル・リッキー(愛称ジョー・リッキー)が数人のスタッフを連れてシューメーカーを訪れた。前夜ちょっと調子に乗り過ぎたために、まずは迎え酒をしようということだったらしい。
店に入ってすぐに状態のいいライムがあることを目にしたジョー・リッキーは上機嫌となり、すぐにバーテンダーに指示をだす。
ライムの外皮の滴を入れないよう、果汁だけをグラスに搾り入れなさい。そして氷(小さな氷の塊、少量のクラッシュドアイスの2説あり)を加え、ウイスキー、そしてソーダ水を注ぎなさい、というものだった。
これがかなり好評でカーネル・リッキーの愛称から「ジョー・リッキー」と命名されることになる。
気になるのは使われたウイスキー。信憑性が高いと思われる文献にはバーテンダーは店オリジナルの上等なライを使ったとある。ただ、他の文献の中にはバーボンと書いてあるものもあり、真実は遠い過去に置かれたまま。
ライウイスキー説に傾いているわたしは、先日「ジョー・リッキー」のベースを「ジムビームライ」で楽しんでみた。ただし、清涼感が欲しいため、グラスにはたっぷりのクラッシュドアイスを詰めて試す。
これがなかなかの味わいで、[ROKU]「ジン・リッキー」とともにお気に入りカクテル・リストにポンと収まってしまった。
ライウイスキーはスパイシーな感覚が強い。だが「ジムビームライ」は非常にまろやかでハーブティー的な感覚を抱いている。他のライウイスキーと比べて口当たりがかなりスムースで、スパイシーな辛みが巧く抑えられている。
これにライムジュースとソーダ水のミックスは思いのほかしなやか。ライの口中香がふんわりと優しい。そして後口がいい。さっぱりとしたライムの酸味とともにライウイスキー独特の甘みが感じられる。
カーネル・ジョー・リッキーという人はかなりレベルの高い飲み手だったのであろう。でも、あの時代のライウイスキーがどこまで洗練されていたかは疑問だ。粗野で、口中がざわつくような荒々しさがあったのではなかろうか。
いまの時代を生きているわたしたちは当時に比べてかなり洗練されたものを飲んでいる。変な雑味など感じられない。とくに「ジムビームライ」はライ入門ブランドとして、また日常酒として強くおすすめする。
では皆さん、今夜は是非[ROKU]ベースの「ジン・リッキー」とライベースの「ジョー・リッキー」をお試しいただきたい。