まだ小学校の高学年だった。アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した。1969年7月21日(日本時間)のことで、昼前にアームストロング船長が月に第一歩を記した。
たしか1学期終業の日で、学校から早くに帰宅してTVの衛生中継にかじりついたのを覚えている。ところがその後の日々、夏休み期間中をどう過ごしたかはまったく覚えてはいない。宿題はそっちのけで、ただ無為に日々を送っていただけに違いない。
学校のプールが開かれている日は必ず泳ぎに行った。空とプールの青い世界と塩素系消毒液の匂いに染まっていたといえる。
とはいえ、わたしは熱心に泳ぐタイプではない。疲れて身体がだるくなるのが嫌だったからぼんやりと水面に浮いていたり、浸かっていることのほうが多い少年だった。
ほんとうの楽しみはプール帰りにあった。お小遣いのあるときは駄菓子屋でかき氷を食べた。ないときは必ず友だちが自分の家に誘ってくれて、彼のお母さんが当たり前のようによく冷えたスイカをふるまってくれた。その味わいは格別で、夢中でかぶりついていたのを覚えている。
いまでも夏休みという言葉を耳にすると、アポロ11号とプールとスイカを想い浮かべる。悩みもなく、何も考えることもなく過ごした夏があった。たとえ悩みがあったとしても、些細いなことであったであろう。なんとも幸せな日々があったのだ。
それからかなりの年を重ねてしまっているのだが、カクテルの世界にはなんと「スイミング・プール」と呼ばれるレシピがあり、カクテル画像を目にしたりすると終業式の日の月面着陸とスイカにかぶりついた夏がよみがえり、苦笑してしまう。
しかしながらなんで「スイミング・プール」なんてカクテル名にしたのだろうか。プールへのイメージは人それぞれなんだろうけれど、わたしには塩素系消毒液の匂いがよみがえってしまうのだ。だからスイカの記憶があるのは匂い消しに役立っている。
このカクテルはヨーロッパではそれなりに人気があるようだが、日本ではあまり飲まれていない。
材料は、ホワイトラム、ウオツカ、ココナッツクリーム、生クリーム、シュガーシロップ、パイナップルジュース、ブルーキュラソーである。味わいとしては「ピニャ・コラーダ」(連載第127回『南の島へエスケープ/ピニャ・コラーダ』参照)のアレンジ・カクテルといえるだろう。
1970年代のホワイト・レボリューション(白色革命/ウオツカやジン、ラムなどのホワイトスピリッツが主役に躍りでる)からトロピカルカクテル・ブームの流れのなかで誕生したものだ。
最後にフロートさせるブルーキュラソーがゆっくりとグラスの底に沈んでいき、プールをイメージさせる。
創作したのはドイツの名高いバーテンダー、チャールズ・シューマンであり、1979年のことだったらしい。