熱暑の季節に涼風をそよがせるカクテルをご紹介しよう。「ボストン・クーラー」である。マイナーではあるが、最初の一杯としてふさわしい。
ホワイトラム、レモンジュース、シュガーシロップをシェークしてグラスに注ぎ、ジンジャーエールまたはソーダ水で満たすというレシピだ。すっきりとした甘みと酸味、ほのかにラムの柔らかいコクが感じられるが、さっぱりとした口当たりといえよう。
この「ボストン・クーラー」、アメリカで同名の清涼飲料があるから紛らわしい。しかもマサチューセッツ州ボストンではなくミシガン州デトロイト発祥の「ボストン・クーラー」で、19世紀後半にアイスクリームといろいろ風味づけされたソーダ水をミックスとして誕生したものである。日本でいうクリームソーダみたいなものだ。禁酒運動が盛り上がるなかで人気となっていったものらしい。
なぜデトロイトでボストンの名がついたものが誕生したかというと、一説にはデトロイトにあるボストンという名の通りにソーダ水を飲ませる薬局があり、そこでこの清涼飲料が生まれたといわれている。
アルコールのカクテルのほうの「ボストン・クーラー」もまた厄介な面がある。こちらは1880年代のカクテルブックに「Medford Rum Sour」(メドフォード・ラム・サワー)の名で、容量やつくり方が違うものの同じ材料でのレシピが紹介されている。ソーダ水は砂糖を溶かすためだけに少量使用するため、あくまでラムとレモンジュースのサワーということになる。
ボストンから8キロほど北に行くとメドフォードという街があり、ここでラムの製造が1715年にはじまった。時代の変遷のなかで4つの蒸溜所が存在し、最後の蒸溜所は1905年までつづく。
イギリス植民地時代は三角貿易で興隆したのだが、酒質は高かったようで、アメリカが独立して三角貿易が禁止となった後も人気があった。禁酒運動が激化した20世紀初頭までメドフォード・ラムの製造がつづいたのはファンが多かった証である。現在、ボストンで製造されているメドフォード・ラムとの継承関係はないようだが、ラベルには1715と記されている。
「メドフォード・ラム・サワー」に関しては、1888年出版のハリー・ジョンソン著『New and Improved Bartender’s Manual』に“ボストンで古くから飲まれているカクテル”との説明書きがある。それ以前の1882年版にもカクテルは紹介されているのだが、この一文はない。
現代のアメリカの文献のなかには、この「メドフォード・ラム・サワー」が「ボストン・クーラー」に名を変えたと著したものがある。わたしもそんな気がする。ソーダ水で満たすスタイルに変わって、サワーからクーラーになった。またメドフォード・ラム製造の幕が閉じたために、ボストンの名を当てたのではなかろうか。
あくまで推察だが、「ボストン・クーラー」としての登場は、アメリカ禁酒法撤廃後の1934年以降と思われる。