古くから愛されつづけているカクテル「チェリー・ブロッサム」を紹介しよう。19世紀末、フランスで出版されたカクテルブックに掲載されているから、120年以上も前に誕生している。
実のところ、わたしは何十年と遠ざかっていた。いつ飲んだのか、記憶が定かでないほどだ。
若い頃に桜の花という名のカクテル「チェリー・ブロッサム」があると知ったとき、変なところに引っかかってしまった。
チェリーは桜桃(おうとう/さくらんぼ)、ブロッサムには果樹の花の意味があるのに、チェリー・ブロッサムの訳はなんで単純に桜の花になっちゃうんだ、と疑問が湧いたのである。
桜の花ならばソメイヨシノのことなのだろうか。そして河津桜や大島桜、遅咲きの八重桜も含まれるのだろうか。桜はあくまで鑑賞するものじゃないのか。桜の木には実はならないのになぜなんだろう、といろいろと気になりはじめる。
つまり、ソメイヨシノに引きずられ過ぎていたがゆえに、難癖をつけたくなったのである。この難癖は、ソメイヨシノへの苦手意識がある。以前にもこの連載のなかで述べたことがあるが、あの圧倒的な美しさをわたしは直視できない。あまりにも眩しすぎる。
あとで知ったことだが、厳密にはソメイヨシノにも小さな実がつくという。しかしながら大きくならないうちに落果してしまうらしい。
では桜桃の花とはいったいどんなのものなのか。日本で多く栽培されているさくらんぼの実がなる木は西洋実桜(セイヨウミザクラ)といってソメイヨシノより遅れて開花する。桜と同様に美しい。ただし花の色は白のみのようだ。
桜桃というと山形県が名高いが、わたしがはじめて西洋実桜の花を観たのは山梨県だった。ソメイヨシノはもう散ったはずなのにまだ咲いていると勘違いしてしまった。地元の方に、これは実桜といって桜桃、つまりさくらんぼが実る木の花で、6月から7月にかけて実がなる、と教えられたのである。
19世紀末にはカクテル「チェリー・ブロッサム」が存在していたと先述した。これは西洋実桜の花のイメージから創作されて命名されたものだろう。ところが日本で単純に桜の花というと、わたしのようにソメイヨシノをイメージしてしまう人が多いのではなかろうか。
寿司(Sushi)、天ぷら(Tempra)、弁当(Bento)のように桜(Sakura)が世界共通語としてもっと定着すれば、チェリー・ブロッサムは桜桃の花(ミザクラ)としての解釈が明確になるのではなかろうか。
とはいえ、ソメイヨシノも西洋実桜もバラ科サクラ属であるから、厳密にどうのこうのと語らなくてもいいのかもしれない。まあ、カクテルが美味しければ、そんなことはどうでもいいのだけれど。