5月はテキーラに染まっていただきたい。前回149回に紹介した『鳩は謳う/パロマ』でそう述べた。今回もテキーラで追い討ちをかける。
メキシコから世界に発信されているとてもポピュラーなカクテル「マルガリータ」や「パロマ」(詳細は149回参照)よりも人気が高いといわれている「バタンガ」を紹介しよう。日本ではマイナーだが、メキシコだけでなく世界のテキーラファンには愛されつづけているカクテルである。
こちらも「パロマ」同様、テキーラの故郷、ハリスコ州テキーラ村にあるラ・カピラ(La Capilla/礼拝堂)という店の伝説的オーナーバーテンダーで、なんと95歳という生涯を送り、世界中のテキーラファンに愛されたドン・ハビエル・デルガド・コロナ(1925—2020)が1961年に創作したという説もあるが、それ以前からこのカクテルもあったともいわれており、詳細は不明である。
レシピからいえば、ラム&コーラの「キューバ・リブレ」のテキーラ版となる。テキーラにライムジュース、コーラ、それに塩が加わる。テキーラには塩がよく合うのだ。
それゆえに「キューバ・リブレ」の味わいとはちょっと違うニュアンスになるといえるだろう。「キューバ・リブレ」は、コーラが立っている。コーラ好きにはたまらない味わいではなかろうか。
一方、「バタンガ」はコーラが他の素材とうまく溶け合っている。コーラの主張は抑えられ、甘み、酸味、塩味のバランスがよく爽快感にあふれ、カクテルらしいミキサブルなニュアンスがある。だから一般ウケするはずであろう。「パロマ」同様、普通に美味しく、どちらもハマる人は多いのではなかろうか。
面白いことに、スペイン語圏の人たちは酒を炭酸飲料で割ることを好む。連載第20回『セビージャの春祭り』の「レブヒート」のように、シェリー酒を炭酸飲料で割ったりする。
かつて21世紀のはじめのシングルモルトウイスキーが注目されつつあったときに、流行りのスペインのクラブでシングルモルトをコーラで割って飲むことがスタイリッシュであったりもした。
日本人では考えられない感覚である。
気になるのはネーミングだ。「バタンガ」(batanga)ってどういう意味なんだろう。日本人にはシャープな音の響きではなく、なんとなくバタ臭いような気がする。
英語にすればアウトリガー(outrigger)のことで、響きはなんとなくだがよくなる。
アウトリガーとはカヌーや小型帆船などの安定性を増して、転覆を防止するために船体の横に装着するもの。日本語では舷外浮材(げんがいふざい)と呼ばれる。
元々は海事用語であったが、現在ではクレーン車や高所作業車をはじめとした建設機械でブームを伸ばしたり、物を吊り上げたりする際に車体横に張り出して接地させ、車体を安定させたりする装置をアウトリガーと呼ぶようになってもいる。
テキーラのコーラ割りのコーラを、アウトリガーの役割とみなしてネーミングしたのであろうか。
またフィリピンはスペインの植民地だった時代がある。1572年にスペインから最初の伝道師がルソン島のバタンガスの地に移住してきた。1581年、スペインは現在のバタンガス州周辺の統治をはじめたとされる。
バタン(巨大な丸太)が豊富にあったことからバタンガンと呼ばれはじめたことがバタンガスの地名の由来となったという話もある。現在ではダイビングスポットの地として知られている。
ネーミングにはその丸太との関連もあるのかもしれない。
ハビエルは「バタンガ」をつくる際、ペティナイフをバースプーン代わりにステアしたといわれている。それは使い古していながらも研いでよく手入れされたナイフで、ライムはもとより、さまざまなフルーツや唐辛子などのカットに活躍した。
そしてナイフにカットしたライムといった果汁が味つけられた状態のままカクテルをかき混ぜていたらしい。そのため微妙にでき上がりの味わいが異なっていたという。独特のフルーティーさが加味されていたらしい。
ハビエルがつくる「バタンガ」の味わいの違いを、彼のファンは楽しんだのだった。
ナイフに付着したフルーツの果汁がアウトリガーなのかと勘ぐったりもしたくなるが、そんなことはどうでもいい。
とにかくハマる味わいのカクテルであることは確かだ。「パロマ」同様、バーでのとりあえずの一杯にふさわしい心地よい味わいである。