現在に通じるバーの様相を呈してきはじめた頃に誕生した、まったくもって秀逸なカクテル「ブランデー・クラスタ」がある。
なんと誕生は1850年代。作者はニューオーリンズのイタリア出身のバーテンダー、ジョセフ・サンティーニ(Joseph Santini)であることがわかっている。シティ・エクスチェンジ、もしくは彼が1855年に開業したジュエル・オブ・ザ・サウスで創作されたと言われている。
1862年にジェリー・トーマス(Jerry Thomas)が発刊したカクテルブック『The Bar-Tenders Guide』に堂々と紹介されている。
使う材料は、カクテルブックによって微妙に異なっているのだが、今回紹介するレシピは1930年発刊の『The SAVOY Cocktail Book』に準じることにした。味わいとして、最もしっくりくるのである。
ブランデー、オレンジキュラソー、そのほか少量のマラスキーノリキュール、レモンジュース、アロマティックビターズがカクテル素材となり、これをシェークする。
古いカクテルブックの多くはステアでの処方が主流であるようだ。また少量の砂糖を加えるレシピもあるが、スノースタイルにした砂糖の甘みがあるし、シェークですっきりとしたキレのいい味わいを望んだため、不必要であるとした。
ただし、まず驚かされるのがスタイリングである。キッチュというか、遊び心にあふれている。ワイングラスの縁をレモン汁でリンスして、砂糖でスノースタイルに仕上げておく。さらにグラスの内径に合わせてレモンの皮を剥き、これをグラスの内側全体に沿うようにはめ込む。そして飲み手は、レモンの皮をグラスの中に押し込んで飲むのである。
なんというか、恐ろしいほど手が混んでいる。大袈裟で、そんなに格好のいいスタイリングとはいえないが、すでに19世紀半ばのバーテンダーは客を喜ばせるためにここまでのエンターテインメント性を発揮していたことに驚かされる。客も面白がって飲んだであろう。
カクテル名のクラスタはクラスト(crust)からきているようだ。地殻、パンの皮、パイの皮、ピザの生地などを意味する。日本のカクテルブックにはパンの皮との解説がしてある。パンの耳のイメージがあるのかもしれない。
上部すべてを覆っている訳ではないけれど、わたしが抱いたイメージはパイ包みのスープである。飲む際にレモンの皮をグラスの中に沈めることから、パイ生地の殻をスプーンで割り砕いて食べるシーンが浮かんだのだ。
さてこのカクテル、実は19世紀で役目を終わったというか、20世紀には忘れられた存在になってしまっていた。ニューオーリンズのバーのメニューからも消えていたという。
2004年、クリス・ハンナ(Chris Hannah)というバーテンダーが故郷ニューオーリンズに戻り、「ブランデー・クラスタ」を復活させたことにより俄然注目が高まったのである。
現在は創作者であるサンティーニがかつて経営していたジュエル・オブ・ザ・サウスと同名の店をハンナは開業し、大繁盛しているようだ。ニューオーリンズ誕生とされるライウイスキーベースのカクテル「サゼラック」と同様、いまでは名物カクテルとなっている。
これまでバーテンダーも存在は知っていたけれど、つくり方をおそらく正しく理解していなかったのではなかろうか。レモンを螺旋剥き(ホーセズネック・スタイル)にしたり、大きめのピールを浮かべたりしていたのではなかろうか。とくに日本では「ブランデー・クラスタ」は、カクテルブックの中だけのカクテルであったといえるのではなかろうか。
話題となっているいまでも、海外ではレモンの皮をはめ込むことなく、普通に大きめのレモンピールを沈めた「ブランデー・クラスタ」の画像を目にすることは多い。
さて、味わいのほうはどうだろう。
実はこれが美味しいのだ。
スノースタイルの砂糖の甘みとレモンの皮の風味が上手く生きている。ブランデーはコニャックの「クルボアジェV.S.O.P.」を使ったのだが、コニャックの味わいと見事に調和する。心地よいアルコール感とともにレモンを使う意味があり、酸味というよりレモンの皮の爽やかなビター感覚が心地いい。
この「ブランデー・クラスタ」に遅れて、1860年代に登場した「ブランデー・デイジー」(連載123回参照)の味わいの流れもあり、「サイドカー」の先駆け、あるいはその誕生に影響を与えたカクテルとの評価がある。
味わってみるとその理由がわかるような気がする。バーテンダーの方たちならば、その感覚は理解できるはずだ。また「マルガリータ」にも影響を与えているともいわれている。ある意味、非常に奥深いカクテルといえよう。
まったくもって温故知新。古典ながらとても新鮮なスタイリングと味わいを抱いたカクテルが、大きな意義を持って再登場したのだ。クリス・ハンナに感謝しなければいけない。
さて、読者の皆さんは、無理の効く行きつけの店で楽しんでいただきたい。たとえ一枚剥ぎのレモンの皮でなくても、大きめのレモンピールを沈めたスタイルでもいいと思う。味覚の感覚は伝わってくる。
とにかく一度試していただきたいと願う。