Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

スリー・ミラーズ Three Millers

クルボアジェ
V.S.O.P.
2/3
ロンリコホワイト 1/3
グレナデンシロップ 1tsp.
レモンジュース 1dash
シェーク/カクテルグラス
シェークしてグラスに注ぐ

海上に酒屋が登場した時代があった

アメリカ禁酒法(1920-1933)はたくさんのエピソードを生んでいる。今回の舞台は海。領海3マイルを超えた海域での密輸取引の横行からインスピレーションを得て創作された、といわれているカクテルを取り上げる。

カクテル名は「スリー・ミラーズ」(Three Millers)。英語表記がなく、カタカナ表記だけだと、日本人は早合点して三面鏡(three-side mirrorもしくはtriple mirror)と勘違いしてしまう。わたしはかつて、millから製粉をイメージしてしまい、3製粉業者ってことか、って解釈してしまった。

しかしながらカクテルに使用されるスピリッツはブランデーとホワイトラムである。粉ものは関係ないじゃないか、なんでこんなネーミングなんだ、と首を捻った記憶がある。そして何十年も知らんぷりしていた。

ところが最近、100年前の時代について執筆する機会が増え、アメリカの禁酒法についても調べ直すようになった。そうしたなかで「スリー・ミラーズ」がまた浮かび上がってきたのである。正直、飲んでもいなかった。

禁酒法施行から1年後、1921年1月4日付『ニューヨーク・タイムズ』には酒の密貿易の実態、とくにカナダからの密輸入の記事が取り上げられた。そして年を追うほどに問題が大きくなっていく。

ラム・ロウ(Rum Row)という言葉がある。これを酒屋通り(あるいは酒場通り。rowは列/ラム・ラインとも)と日本では訳されている。

海岸から沖に3マイル(約5.6km)の領海を超えたところにカナダやカリブ海の島国から酒を積んだ船が密輸のために待ち受けるようになった。ラム・ロウは、海上に酒屋が建ち並ぶ、そんな様子をたとえたものだ。

酒屋通りにアメリカ側からラム・ランナーと呼ばれる船(多くは漁船で、スクーナー型の帆船)が向かい、酒屋通りから酒を積み込んで戻っていく。海岸線は長く沿岸警備隊の取り締まりはうまくいかない。3マイルの距離では短く、逃げられる可能性が高い。

1923年にはアメリカ、カナダ間で酒類の密輸に関しての協議が繰り広げられた。カナダも禁酒法を施行していたのだが、細かな規制は州に任せられ、とくにフランス語圏の州の規制はゆるかった。しかも酒の輸出を禁止していなかったのでカナダ産の酒だけではなく、スコッチやジン、ブランデー、ワインなどの酒がヨーロッパからカナダに大量に運び込まれ、アメリカへ密輸されていった。カリブ海の島国のラムだけではなかったのである。

カナダの酒類業界は利益を生み、酒の密貿易のためにアメリカ人だけでなくヨーロッパからも人がやって来る。カナダ経済は潤う。アメリカからの要求を単純に飲み込む訳にはいかなかったのである。

交渉を重ね、1924年に3マイルの制限を超えて12マイル(約22km)までアメリカの管轄区域が延長された。漁船レベルでは警備隊の船からなかなか逃げきれなくはなったが、それでもすべてを取り締まれるはずはない。

都市では酒の密売からギャングが台頭し、海ではラム・ランナーという特殊な仕事が生まれ、アメリカ政府は苦慮しつづけたのだった。

カクテル名が変わってしまった謎

さて、カクテル「スリー・ミラーズ」のレシピはパリで生まれたとされている。創案者は有名バーテンダーだったハリー・マッケルホーンの店、『ハリーズ・ニューヨーク・バー』のスタッフらしい。

マッケルホーンの手による『Harry’s ABC of Mixing Cocktails』(1922)と『Barflies & Cocktail』(1927)にレシピが登場している。ただし、カクテル名は違っていた。「Three Mile Limit Cocktail」としての掲載だった。

ところがそのすぐ後にどんな意図があったのかは不明だが、名前が変わって登場する。ミスタッチ、とは推察できない大きな違いといえよう。

1930年にロンドンのサヴォイ・ホテルのバーテンダー、ハリー・クラドックが刊行した『The SAVOY Cocktail Book』において、レシピはまったく同じでありながら「Three Miller Cocktail」と掲載されたのだ。そしてクラドックが記載したこのカクテル名がいまにつづいている。

どうして、との疑問が海外の文献の多くに書かれている。最も共感できるコメントが、知らぬが仏、であった。いつものことで申し訳ないが、わたしは古いカクテル・エピソードに関して、そんなに執着していない。

とくに古いカクテルは、信憑性に欠けるものが多い。誰がどうした、という話は格好の酒のツマミになる。しかしながら、どんな時代にそのレシピやカクテル名が生まれたか、のほうが気になる。酒の歴史的な流れだけでなく、その時代の社会を映しだしていることもあるからだ。

それでも腑に落ちない。millerは製粉工場で働く人である。またMillerという名前の人もたくさんいる。長さの単位であるマイルだとすればmilerとすべきで、3マイルレースの選手のことではなかろうか。また、日本のカクテルブックにおいては何故かmillersと複数形での紹介がされてきた。

気を取り直そう。「スリー・ミラーズ」の味わい。ブランデーとホワイトラムのミックスだが、そこにグレナデンシロップが少量加わり、またレモンジュース1ダッシュというレシピが気になる。味わいはそれなりにまとまってはいるが、甘みや酸味がどうも中途半端なのだ。

現代のスピリッツはかなり洗練されている。かつてのスピリッツの味わいとは違い、かつてのレシピがいまに合わなくなっているのではなかろうか。

レシピ通りのレモン1ダッシュではなく、多めに1ティースプーンくらいにしてレモンの酸味を効かせたほうがすっきりとした味わいになる。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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クルボアジェ V.S.O.P
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ロンリコ ホワイト
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