冬の声が聞こえてくると、温かいカクテルが恋しくなってくる。この連載でも「ノルマンディー・コーヒー(第84回)」、「ホット・ブランデー・ラム・カウ(第50回)」、「ホット・ブランデー・エッグ・ノッグ(第38回)」、「アイリッシュ・コーヒー(第27回)」といったさまざまなスピリッツをベースにしたホットドリンクを紹介してきた。
今回はトディーといわれるホットドリンクをご紹介したい。
トディーは古くから飲まれていたようだ。温かいカクテルの元祖とまで言い切っている文献もあり、グラスに砂糖を入れ、スピリッツを注いで熱湯で満たすスタイルが基本とされ、後にミネラルウォーターでのコールド・スタイルでも飲まれるようになったといわれている。主役としてはウイスキーということになるが、ブランデー、ジン、ラム、テキーラ、アクアビットなどいろいろなスピリッツをベースにして親しまれている。
また、その他の副材料として、砂糖ではなくハチミツを使ったり、レモンのスライス、あるいはレモンジュース、クローブ(丁子)を加えたり、シナモンスティック(あるいは粉末)を添えたりもする。カナダでは砂糖やハチミツに代えてメイプルシロップを使ったりするようだ。地域によってミックスされる副材料はさまざまといえる。
わたしだけかもしれないが、トディーを飲んでいると何故か懐かしいこころ持ちになる。燻した香りや炭のような感覚はまったくないのに、昔の石炭煙突ストーブを憶いだす。いま石炭は環境問題があって厄介な面もあるけれど、かつてはとても身近にあった。なんだか懐かしい温もりを想い起すのは、おそらく副材料がもたらすスパイシーさが導くものだろう。あれやこれや子供の頃の楽しい思い出がよみがえってくる。
ところでトディー(toddy)とは、いったいなんだ、と気になる。
よく語られている説のひとつに18世紀半ばにスコットランドはエディンバラの人たちが、近郊にあるトッズウェル(Tod’s well)の泉を水源とする水を加えてウイスキーを飲んでおり、そのトッズが転訛したというものだ。しかしながらこれには信憑性がないようで、インドのタディー(taddy)がイギリスに伝わりトディーとなったといろいろな文献で述べられている。
タディーはパームワイン(palm wine)と総称されるヤシから採取される液体を発酵させてつくられる醸造酒の一種らしい。ヤシ科のシュロの樹液を採取して発酵させたものがタディーということなのだが、スピリッツのお湯わりをどうしてトディーと呼ぶようになったかは語られてはいない。
さて、まず紹介したいのはウイスキーベースではなく、あえてジンに振って「ホット・ジン・トディー」。しかも「ジャパニーズクラフトジンROKU」をベースにしたものだ。
このクラフトジンは、ジュニパーベリーをはじめとしたジン原料酒に、和のボタニカル6種(八重桜の花、大島桜の葉、煎茶、玉露、山椒の実、柚子の皮)の原料酒をブレンドしている。これらの和の香味を抱いた「ROKU」ベースの「ホット・ジン・トディー」はなかなかに佳品で、一度飲んだらクセになる人は多いのではなかろうか。とても素敵な味わいである。
香りも味わいもユニークで、アニス的なニュアンスに引き込まれる。ちょっとエキゾチックなものだ。おそらく副材料のクローブ、シナモンのスパイシーさが「ROKU」とうまくシンクロして生まれたものだと思う。レモンの風味もしなやかにふんわりとそよぎ、面白味がある。そして角砂糖の甘みがほどよい寛ぎをもたらす。
飲みすすめていくと、和のボタニカルの感覚もしっかりと伝わってくる。単純には語れない面白味といえるだろう。「ホット・ジン・トディー」でありながら、「ROKU」でしか味わえない香味だと実感する。
ミックスする妙味。カクテルらしいカクテル。ベースに「ROKU」を使う意味がある、「ROKU」だからこそ生まれる世界であるといえよう。
この冬はバーで“「ROKU」ベースの「ホット・ジン・トディー」”とオーダーしていただきたい。
もうひとつ、ウイスキーベースでわたしのお気に入りをご紹介しよう。
かつて一世を風靡し、水割りというスタイルを確立した「サントリーウイスキーオールド」ベースの「ホット・ウイスキー・トディー」である。
正直にいえば、トディーというカクテルスタイルに縛られることなく、自宅で「オールド」にお湯だけ注ぐ、お手軽ホットウイスキーで満足している。
洗練されたシェリー樽熟成モルトがキーとなっている「オールド」は、甘美な味わいのなかに独特のスパイシーさがある。スパイシーと表現していいのかどうかわからないが、ポリフェノールを多く溶出するシェリー樽特有のほろ苦さが潜んでいる。
ただ甘美というだけでなく、この密やかな苦味があるから最後まで飲み飽きない。ある程度冷めていっても飲みすすめられる。水割り文化を創出した、水で割っても香味が崩れない「オールド」の香味特性を物語っている。
では、「オールド」を「ホット・ウイスキー・トディー」の定番レシピに当てはめるとどうなるのか。
こちらもカクテルらしい味わいで、やはり副材料がうまく立ちまわってくれている。新たな特別なニュアンスを生みだしている訳ではない。どちらかというと、「オールド」の甘美さに副材料が見事に溶け合っている感じで、よりスパイスが効いてしなやかな甘みが口中に広がる。
ホット・トディーは材料さえ揃えたなら、自宅でも試せる。興味のある方はこの冬、是非つくって楽しんでいただきたい。