海外では高い人気があるものの、日本のバーではいまひとつ浸透しきれていない「エスプレッソ・マティーニ」をご紹介しよう。エスプレッソを使うため、日本ではバリスタから推奨されていった経緯もあり、これからもっとバーで飲まれることを期待している。
バーテンダー、ディック・ブラッドセル(故人)がロンドンのソーホー・ブラッスリーにいた頃の1983年に、この「エスプレッソ・マティーニ」を創作したという話が知られている。
客のスーパーモデルから、目が覚めるような刺激的なカクテルをつくって、というわがままなオーダーがあった(実際の表現はもっと過激)。そこで彼はウオツカ、冷やしたエスプレッソ、コーヒーリキュール、シュガーシロップをシェークした。ブラッスリーだから、エスプレッソマシーンがあった。
とはいっても、コーヒー・カクテルはそんなに目新しいものではない。
この連載でも第84回で「ノルマンディー・コーヒー」、第27回では「アイリッシュ・コーヒー」といったカクテルを紹介してきた。
また、これまで取り上げてはいないが、イタリアを忘れてはいけない。日本では電動式エスプレッソメーカーが家庭に普及してきているが、イタリアの家庭ではマキネッタと呼ばれる直火式のメーカーがまだまだ主流である。
古くから「カフェ・コレット」(caffè corretto)という温かいエスプレッソに少量の酒を入れるカクテルがある。自宅で、マキネッタで淹れたエスプレッソに好みの酒を加えて気軽に味わえる。correttoは英語のcorrectにあたるらしく、これが正式なコーヒーとでもいうのだろうか。
コレットと称しながら、ミックスする酒類に決まりがないところが可笑しい。店でオーダーするときも好みの酒を伝える。エスプレッソにグラッパやさまざまなリキュール、またコニャックを加える人も多いらしい。最後にホイップクリームを浮かべたりもする。
そしてスペインに目を向けると、イタリアの「カフェ・コレット」と同様のものがある。こちらは「カラヒージョ」(carajillo)と呼ばれる。コーヒーにラムやウイスキー、ブランデーなどを加える
何よりもスペインには、バールでよく飲まれている「カフェ・コン・セルベッサ」(conは英語のwith /servezaはビール)があって、そんなにビールを飲むほうではないわたしでも楽しめる。
日本で飲むならば「ザ・プレミアム・モルツ」のようにしっかりとしたモルトの味わいのあるビールがいい。もしくは黒ビール。好みではあるが、コーヒーとビールの比率は1 : 1からはじめてみるといい。
余談が過ぎた。では「エスプレッソ・マティーニ」を試そう。
ベースとなるウオツカ。「ジャパニーズクラフトウオツカHAKU」を選んでみた。これが大正解で、なかなか素敵な味わいを生みだした。祝福されるべき発見だった。
原料に国産米100%使用した「HAKU」はふくらみのあるしなやかな弾力感があり、また清酒の吟醸酒に感じられるような独特の辛みが潜んでいるのが特徴的だ。この風味が、シェークによってエスプレッソと少量のコーヒーリキュール「カルーア」と溶け合い、濃くて強いエスプレッソの味わいを滑らかに和らげている。
また、ほのかな「HAKU」の辛みとエスプレッソの苦みがうまくマッチしているのだろう。シェークによって柔らかい飲み口となる。コーヒー好きのわたしにはとてもありがたいカクテルである。食後酒としてふさわしい。シェークによって生まれる泡が液面に浮かび、口当たりもいい。
この「エスプレッソ・マティーニ」のレシピは現在、とくに素材の分量が定まっていないようで、ウオツカが多めだったり、ウオツカとエスプレッソが同量だったりといろいろとあるようだ。また通常はシュガーシロップを少量加えるようでもある。シロップを使わない場合、「カルーア」をかなり多めに使うレシピも存在する。
コーヒーの味わいをしっかりと感じたいわたしは、ウオツカとエスプレッソを同量にする。甘味は少量の「カルーア」があれば十分であり、シュガーシロップの甘みは必要ない。これはあくまで飲み手の好み。シロップを加えると、甘く優しい味わいになる。
ウオツカにこだわることなく、アレンジを楽しんでみた。「HAKU」との組み合わせも喜びだったのだが、クラフトウイスキー「メーカーズマーク」もまた最高であった。エスプレッソ好きで、ウイスキーを愛する人たちには「メーカーズマーク」ベースのほうをおすすめする。
シルキーでふくらみのある甘さ、オレンジのような柑橘系のニュアンスもある「メーカーズマーク」が、エスプレッソの味わいを引き立てる。意外だった。しかもバーボンウイスキーとしてのパンチが効いているから、「メーカーズマーク」のウイスキー感がカクテルの芯を支えているのがわかる。
アレンジであるし、わたしはなんでもマティーニとネーミングしてしまうのが嫌で、「MMエスプレッソ・フレッド」(Espresso Freddo/伊語・冷たいエスプレッソ)とネーミングした。MMは「メーカーズマーク」の略である。
最後に、「カフェ・コレット」をはじめ、コーヒー・カクテルにはよく3粒のコーヒー豆が載っかって、というか浮かべてある。これは健康・富・幸福を表しているらしい。イタリアのリキュールメーカーが発端のようだ。
ただし、イタリア人はコーヒー豆を浮かべるこのスタイルを蝿(ハエ)にたとえている。モスカ(mosca/ハエ)というらしい。健康・富・幸福がハエ、っていうのはよくわからんが、美味しければいいのだ。