Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

「ギブソン」Recipe Gibson

シップスミスV.J.O.P. 7/8
ドライベルモット 1/8
シェーク/カクテルグラス
シェークしてカクテルグラスに注ぎ、パール・オニオンを飾る。
一般的にはステアであり、また標準的なドライマティーニ(4 : 1)よりも辛口に仕上げる処方が定着している。

ギブソン・ガールの作者ではないらしい

触れることを避けつづけていたカクテル「ギブソン」を紹介しよう。発祥はさまざまに語られていて、わたしはすべてのエピソードを肯定とも否定ともつかない“そうなのか”で流しつづけてきた。なんとも厄介なカクテルで、よくわからない。

まず処方。ジンとドライベルモットの組み合わせは「マティーニ」と同様でありながら、「マティーニ」ではない。カクテルブックに表記されている一般的な「ドライ・マティーニ」(ジンとドライベルモットの比率4 : 1)に比べ、よりドライに仕上げるスタイルが定着していることは確かだ。

また「マティーニ」のようにビターズを使うことはない。

ガーニッシュ(味わいに影響を与える飾り付け)はオリーブではなく、パール・オニオンを使う。カクテルに使われるパール・オニオンは小さな可愛らしい玉ねぎのピクルスで、見た目は“らっきょう”のようでもある。日本でも北海道で栽培しているようだが、あまり馴染みはない。

カクテルグラスにオリーブを沈めると「マティーニ」であり、パール・オニオンを沈めると「ギブソン」というように極めて単純に片付けられてしまっている傾向にあることも否めない。

 

もっともよく知られているエピソードがある。19世紀末から20世紀初頭にかけてチャールズ・ダナ・ギブソンという人気グラフィック・アーティストがいた。彼の描く、憂いをおびたような優美な女性は“ギブソン・ガール”と呼ばれて一世を風靡した。

その名高いアーティストが、19世紀末にニューヨークのプレーヤーズクラブのバーテンダーであるチャーリー・コノリーに「マティーニ」を改良するように命じ、コノリーはオリーブの代わりにパール・オニオンを使ったという話である。

アメリカの文献の中にはコノリーのことを、ただガーニッシュを替えて、依頼者の名をカクテル名にしただけの世界で最も怠惰なバーテンダー、と書いたものがあって、わたしは吹きだしてしまった。

アメリカのいまの論調は、名高いアーティストのこのエピソードに関して懐疑的なものが多い。他の説もいくつかあるのだが、「マティーニ」の発祥が明確ではないように、「ギブソン」の発祥もまた不明である。

かつてはシェークでも飲まれていた

カクテルブックに「ギブソン」のレシピが初掲載されたのは、いまのところ1908年とされているようだ。ウイリアム・ブースビーというバーテンダーが出版した『THE WORLD’S DRINKS and HOW TO MIX THEM』のなかにある。そこにはイングリッシュジンとフレンチベルモットが1 : 1の比率のステアで紹介されており、ビターズは使わない、オリーブを添えることもあると記されている。

パール・オニオンへの言及はない。このカクテルブックの「マティーニ」の記述をみると、オールド・トム・ジン(加糖されたジン)とイタリアンベルモット(スイートベルモット)の1 : 1で紹介されていた。ビターズも入れるのだが、つまり「ジン&イット」的な赤い色をした「マティーニ」の原形ともいえるレシピを記している。

まだレシピが混沌としていた時代であったことが伺えるのだ。

時代が少しすすむと、1930年に発行の『The SAVOY Cocktail Book』に記載された「ギブソン」はドライベルモットを使い、1 : 1のシェークとある。パール・オニオンやオリーブの言及はない。他の記述をみると「マティーニ」もステアではなくシェークの記載がある。

ロンドン・サボイホテルのアメリカンバー・チーフバーテンダー、ハリー・クラドックが編纂したものだが、彼はアメリカで修行したバーテンダーで、禁酒法施行(1920-1933)によりイギリスに帰国した人である。そのためロンドンだけはシェークであった、とは捉え難い。

つまり処方において、いまのような世界基準が定まっていなかったのである。時の流れとともに「マティーニ」がドライ化していくなかでステアに落ち着き、「ギブソン」はビターズを用いず、「マティーニ」よりも辛口に仕上げてパール・オニオンを沈める、というスタイルが確立したのだろう。

 

さて、昔のスタイルにあったように、シェークで「ギブソン」を試してみた。ジンは「シップスミスV.J.O.P.」を選択した。

シェークした「マティーニ」でわかるように、だいたいがシャブシャブのゆるい、腰のない味わいになってしまうことが多い。シェークで味わうには、ジュニパーベリーの香味が効いた、パンチがあり酒質として芯のしっかりとしたジンがよかろうと考えたのである。

この「シップスミスV.J.O.P.」をベースにした「ギブソン」のシェークはなかなかに面白い味わいだった。比率は7 : 1とかなりドライにした。

シェークだから、やはりステアでのキリッとした辛口のキレ味とは大きく異なる。口当たりは柔らかく、ほのかに甘みが感じられるのだ。

キックの効いた高いアルコール感のある「V.J.O.P.」(57%)がシェークによってまるみを帯びたためなのか、またベルモットがそこに十分に溶け込んだのか、よくはわからないが悪くはない。ジュニパーベリーも優しく香っている。

他のジンだともっとゆるい、ぼやけた味わいになってしまうだろうな、とパール・オニオンをかじりながら実感した。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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シップスミスV.J.O.P.
シップスミスV.J.O.P.

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