世界的に名高いミュージカルに「マイ・フェア・レディ」がある。ブロードウェイでの初演は1956年3月のことだった。いきなり大成功をおさめ、それ以来、21世紀のいまも再演されることが多い作品である。
一般的には舞台での初代ヒロイン役のジュリー・アンドリュースよりも、映画のオードリー・ヘップバーン(1964年公開)で語られている。
原作はアイルランド出身のノーベル賞作家、ジョージ・バーナード・ショー(1856-1950)の戯曲『ピグマリオン』(Pygmalion)で、1913年に発表(ウィーンで初演/1938年映画化)されたものだ。
粗野なコックニー(Cockney)訛りの花売り娘のイライザを、音声学者のヒギンズ教授が洗練された言葉遣いに矯正してレディに仕立て上げ、社交界デビューさせるという話である。
コックニーは14世紀頃からある言葉で、まるで雄鶏(オンドリcock)が生んだような形の悪い卵のことを指し、やがて“世間知らず”といった意味に転じたようだ。そしてコックニー訛りとは、ロンドンの東側、イーストエンドというエリアで生まれ育った人たちが使う言葉を指し、差別意識があった。
テムズ川北岸にあたるこのエリアは昔から海運業者やイギリス海軍の施設があり、その外側には農地が広がっていた。18世紀には船の建造、修理関係だけでなく、農村で絹織物が盛んになり、さらに労働者が集まるようになる。
識者たちが懸念していた通り、19世紀には単純労働に就く移民労働者も増えて環境が悪化し、低所得、貧困のエリアとなってしまう。現在は1980年代からの都市再開発によって急激な発展がみられるが、長くマイナスイメージを引きずることになった。
そのコックニー訛りには、発音上の【ei】が【ai】となったり、hを発音しないなどの特長がある。少し取り上げるとABCのAはアイ、takeテイクはタイク、make(メイク)はマイクと発音する。have(ハブ)はアブとなる。
イライザが特訓される有名な一文がある。意味の通じない、あくまで発音矯正のためにヒギンズ教授がつくったものだ。
The rain in Spain stays mainly in the plain.
(スペインの雨は主に平地に降る)
イライザは、アタマのrainからラインになってしまうのだ。そしてすべて【ai】の発音になる。
ここで気づく方も多いはずだ。オーストラリア英語である。実はコックニー系であり、イーストエンドからの移民が多かったことが影響している。