Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

グレート・コンポーザー

ウンダーベルク1本 20ml
モーツァルト
チョコレートクリーム
30ml
カルーア
コーヒー リキュール
10ml
生クリーム 10ml
1/4tsp.
シェーク/カクテルグラス

インパクトの強いスピリッツの本格カクテル

スイカに塩を振ると、スイカが甘く感じられる。味覚の世界ではこの現象を対比効果というらしい。

一般社団法人日本味覚協会によると、“2種類以上の異なる味を混合したときに、一方または両方の味が強められる現象”を指すという。塩スイーツってのも甘味を際立たせるために塩を使う。味噌汁において、味噌とダシの関係も対比効果らしく、ダシが加わることで旨味が増すということだ。

一方で抑制効果。苦味のあるコーヒーに砂糖を加えることで苦味がまろやかになる。レモンや夏みかんに砂糖をかけるのは、酸味に甘味を足すことで酸っぱさがまろやかになる。魚の塩焼きにレモンやカボス。これは塩味を酸味がやわらげる。すべて抑制効果なのだそうだ。

さらには相乗効果や変調効果もあるらしいが、なぜこんな話をするかというと、今回のカクテルでえらく勉強させられたからだ。


この冬、親しいバーテンダーとたまたま「ウンダーベルク」の話になった。わたしが個性の強いこのスピリッツを本格カクテルに化けさせることはできないものか、と口にしたことが発端となった。

ハーブやスパイスを仕込んでスピリッツに漬け込み、濾過後にスロベニアンオーク樽で9ヵ月間熟成させて誕生する「ウンダーベルク」は、ドイツではメジャーなドリンクである。詳しくは連載第21回『運命第4楽章』をお読みいただきたいのだが、わずか20mlの小さなボトルに封じられた液体の香味は生薬のような強烈な味わいで知られる。ドイツでは健胃薬的な感覚で飲まれている。

ストレートでなくてもソーダで割って飲めば、さっぱりとした苦(にが)甘い味わいとともに胃がすっきりとする。とくに日本には「ウンダーベルク・ハイボール」ファンは多い。ただしその香味特性から本格カクテルとしてのレシピ開拓への進化が見られない。

かつて連載33回「ズブロッカ」でも述べたが、香味インパクトの強過ぎる酒は何かと何かを加えて混和させようとしても、なかなかにその自己主張が穏やかに和んでいくことがない。いつまでも声高なのだ。

ただし「ズブロッカ」ベースで、「プルシア」「贅沢ゆず酒」、そしてライムジュースのミックスから「スプリング ディンプル」という名作カクテルが生まれた。わたしにはこの記憶がずっと残っていて、「ウンダーベルク」でもなんとかなるんじゃないかと勝手な想いが膨らんでしまったのだ。バーテンダーにとっては迷惑千万な客である。

ところが2週間ほどして、まさかというか、ほんとうは期待していた連絡がバーテンダーからあった。グチャグチャと机上の空論を述べたわたしの気持ちを汲んでくれて、しかもわたしの想いなんぞはるかに超えたレシピを伝えてきた。そこには甘味のあるリキュールとともに塩が少量加えられていたのだ。

巨匠の音楽のように心地よい味わい

期待に胸を躍らせながらカウンター席に着くと、目の前で「ウンダーベルク」に「モーツァルト チョコレートクリーム」、「カルーア コーヒーリキュール」、そして生クリーム、さらに極少量の塩を加えてのシェークがはじまった。

塩は、甘味を際立たせる餡子(あんこ)に塩の対比効果なのだろうか、それともすべてをまろやかに和ます抑制効果なのだろうか、と浅い知識で想いを巡らす。シェークが終わり、クリーミーなココアのような色調のカクテルがグラスに満たされると、またひとつアフターディナー・カクテルの傑作誕生の予感がした。

口にするとチョコレートとコーヒーのリキュールに生クリームが溶け込んだ、ふくらみのあるしなやかな甘さが広がる。すると後から、俺のことを忘れちゃいけないよ、と渋い男の笑みを浮かべながら「ウンダーベルク」の香味がフワッと浮かび上がってきた。まったく嫌味のない浮遊感である。

これこそがカクテルの醍醐味。新たな香味、傑作の誕生である。何も伝えられないで飲んだとしたら、後口に浮遊する薬草的な感覚にいったい何が潜んでいるのだろうか、と不思議に思うことだろう。

味覚の専門家ではないから迂闊(うかつ)には言えないが、少量の塩が全体を引き締めているというか、落ち着かせているというか、おそらくチョコレートとコーヒーのリキュールによって強まる甘さを抑える役目も果たしているのではなかろうか。

創作者には対比効果とか抑制効果といった用語はアタマにないだろうが、味覚と戦う人たちの感性であり、隠し味に塩を用いることで全体がまとまる、という料理人と同じ感覚であろう。


さてカクテル名は「Great Composer」(偉大なる作曲家)とした。飲んですぐに世界3大作曲家の名が浮かんだのだ。ドイツ「ウンダーベルク」、オーストリア「モーツァルト チョコレートクリーム」ときたら、バッハ、ベートーベン、モーツァルトである。それに3人のマエストロともコーヒー好きとして名高い。

バッハには『コーヒー・カンタータ』という曲がある。ベートーベンは1杯のコーヒーに60粒の豆が決まりで、自らが豆を数えてミルで挽いた。モーツァルトもコーヒー好きで、遺品にコーヒーミル2台があったことが知られている。

もうひとつ、オーストリアといえばクリームを入れるウィンナ・コーヒー。作曲家モーツァルト生誕地であり彼の名を冠したリキュールの地でもあるザルツブルグとは岩塩で知られる塩(ザルツ)の砦(ブルク)である。ただし、このカクテルで使う塩は、塩化ナトリウムの純度が高くて塩っ辛さの強い岩塩ではなく、普通の海塩でいいそうだ。

そんなことより、こうしてすべてに美しくまとまったカクテルは、素敵な音楽のように心地よい。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 川田雅宏
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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ウンダーベルク
ウンダーベルク

モーツァルト チョコレートクリーム リキュール
モーツァルト
チョコレートクリーム リキュール

カルーア コーヒー リキュール
カルーア コーヒー リキュール

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