スイカに塩を振ると、スイカが甘く感じられる。味覚の世界ではこの現象を対比効果というらしい。
一般社団法人日本味覚協会によると、“2種類以上の異なる味を混合したときに、一方または両方の味が強められる現象”を指すという。塩スイーツってのも甘味を際立たせるために塩を使う。味噌汁において、味噌とダシの関係も対比効果らしく、ダシが加わることで旨味が増すということだ。
一方で抑制効果。苦味のあるコーヒーに砂糖を加えることで苦味がまろやかになる。レモンや夏みかんに砂糖をかけるのは、酸味に甘味を足すことで酸っぱさがまろやかになる。魚の塩焼きにレモンやカボス。これは塩味を酸味がやわらげる。すべて抑制効果なのだそうだ。
さらには相乗効果や変調効果もあるらしいが、なぜこんな話をするかというと、今回のカクテルでえらく勉強させられたからだ。
この冬、親しいバーテンダーとたまたま「ウンダーベルク」の話になった。わたしが個性の強いこのスピリッツを本格カクテルに化けさせることはできないものか、と口にしたことが発端となった。
ハーブやスパイスを仕込んでスピリッツに漬け込み、濾過後にスロベニアンオーク樽で9ヵ月間熟成させて誕生する「ウンダーベルク」は、ドイツではメジャーなドリンクである。詳しくは連載第21回『運命第4楽章』をお読みいただきたいのだが、わずか20mlの小さなボトルに封じられた液体の香味は生薬のような強烈な味わいで知られる。ドイツでは健胃薬的な感覚で飲まれている。
ストレートでなくてもソーダで割って飲めば、さっぱりとした苦(にが)甘い味わいとともに胃がすっきりとする。とくに日本には「ウンダーベルク・ハイボール」ファンは多い。ただしその香味特性から本格カクテルとしてのレシピ開拓への進化が見られない。
かつて連載33回「ズブロッカ」でも述べたが、香味インパクトの強過ぎる酒は何かと何かを加えて混和させようとしても、なかなかにその自己主張が穏やかに和んでいくことがない。いつまでも声高なのだ。
ただし「ズブロッカ」ベースで、「プルシア」「贅沢ゆず酒」、そしてライムジュースのミックスから「スプリング ディンプル」という名作カクテルが生まれた。わたしにはこの記憶がずっと残っていて、「ウンダーベルク」でもなんとかなるんじゃないかと勝手な想いが膨らんでしまったのだ。バーテンダーにとっては迷惑千万な客である。
ところが2週間ほどして、まさかというか、ほんとうは期待していた連絡がバーテンダーからあった。グチャグチャと机上の空論を述べたわたしの気持ちを汲んでくれて、しかもわたしの想いなんぞはるかに超えたレシピを伝えてきた。そこには甘味のあるリキュールとともに塩が少量加えられていたのだ。