フレーバードウオツカ「ズブロッカ」のまろやかながら独特の味わいは、さくら餅やよもぎ餅のような香味に似ている。ポーランドの大衆酒であり、自国では「ジュブルフカ」と発音されるそうだ。ボトルの中にある草はイネ科のバイソングラス。世界遺産(自然遺産)のビアウォヴィエジャの森に自生していると聞く。
この森はポーランドとベラルーシとの国境にまたがり、ヨーロッパに残された最後の原生林と言われている。そこにはポーランドでジュブルと呼ばれる絶滅危惧種のヨーロッパバイソン約400頭が生息していて、聖牛とされるそのジュブルが好んで食べるのがジュブルフカ(バイソングラス)だそうだ。
ラベルになんでバイソンが描かれているんだと、誰もが疑問に思うはずだが、こういう訳があるらしい。「ズブロッカ」と読んだのは英語圏の人々であり、それが世界に広まった。
初夏に刈り取られたジュブルフカは自然乾燥された後に適度な長さにカットされ、水、そしてアルコールという2段階のエッセンス抽出をおこない独特のフレーバーを生みだしている。
ではポーランドの人たちはどんな飲み方をしているかというと、ストレートである。気取って飲むものではなく、ショットグラスで気軽にクイッ、クイッとやっていると聞いた。
仲良しのバーテンダーの話だと、「俺っちは、もう十分だ」となるとショットグラスに「ズブロッカ」とアップルジュースを半々入れるそうだ。すると周囲から「なんだよ、もうアップル・ケーキかよ」とからかわれるらしい。もうデザートにするのか、ってことなんだろう。
ただし日本人は得意気に彼らを真似てはいけないだろう。あちらの方たちと日本人とは肉体的にアルコールの耐性が違う。ストレートよりもオン・ザ・ロックをおすすめする。
もしストレートで飲むならば、できるだけ冷やして柔らかな口当たりにしたほうがいい。冷蔵庫はもちろんだが、冷凍庫のほうがよりいい。よく冷えていないとさくら餅風味というよりも、さくら葉のような葉っぱ様のエグミを感じてしまう。わたしは冷蔵庫で冷やしておいて、オン・ザ・ロックで飲むことが多い。
またアップル・ケーキと言われようが、ケーキでいいのだ。アップルジュース割りをしっかりと堪能してみるのもいい。これは自宅で簡単に楽しめるお手軽カクテルとしておすすめする。さくら餅がちょっと青りんご風味に変化したような爽やかな味わいなのだが、ジュースの分量を調整しながら自分好みの味わいを見つけていただきたい。わたしはアップルジュース割りを気に入っている。
さて、本格カクテルにどう生かすかである。「ズブロッカ」のインパクトのある味わいは、他のさまざまな材料とミックスするのがなかなかに難しい。アップル・ケーキはたしかにふさわしい組み合わせといえる。バイソングラスのフレーバーの個性にはしっかりとしたものがある。ステアものだろうがシェークものだろうが、いろいろな材料を組み合わせてやってみたが想像以上に自己主張してくる。
ところが仲良しのバーテンダーが傑作を生んだ。
「ズブロッカ」にプラムのリキュール「プルシア」、柚子のみずみずしい味わいのリキュール「贅沢ゆず酒」、そしてライムジュースをシェークするというものだ。これらのミックスによってつくり出された味わいにはエキゾチックな感覚があり、さらには余韻が和風なのだ。「ズブロッカ」の気配も絶妙で、主張を抑えながらもしなやかに佇んでいる。
「贅沢ゆず酒」はもちろん和だが、「プルシア」には梅の感覚がある。このふたつが和の甘さと酸味をうまく奏でている。「ズブロッカ」はさくら餅の香味に似ているから、すべてがとても上手く和風にまとまるのだ。エキゾチックさはライムジュースが加わることで生まれるものなのではなかろうか。レモンジュースでは駄目で、ライムでなくてはならない。レモンだと柚子の味わいと喧嘩してしまう。
この一杯の風味には安らぎとともに、なんだかこころ弾むような心地よさがある。待ち焦がれた春の温かみのような優しさが漂っている。さくら餅のチャーミングさが春を伝えるように、この一杯もとてもチャーミングだ。そこで“春のえくぼ”という言葉が浮かんできたので「スプリング・ディンプル」と命名した。
知り合いの中に、さくら餅が苦手という人が何人かいる。その人たちに、このえくぼちゃんを飲ませてあげたい。えくぼちゃんで春を感じてくれたら嬉しい。
マッチョというか、ごっついヨーロッパバイソンが好物としている草のフレーバーが、こんなにもしなやかに変貌する。さまざまな材料をミックスして新しい味わいを創るカクテルの世界の深遠さをあらためて感じた。
(「ズブロッカ」は現在取り扱っていません)