Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

マンハッタン

カナディアンクラブ 3/4
スイートベルモット 1/4
アロマティック
ビターズ
1dash
ステア/カクテルグラス
マラスキーノ・チェリーを
飾り、レモンピールを擦る

ラプソディ・イン・ブルー

バーでカクテルの女王「マンハッタン」をオーダーすると、決まって自分の描いたイメージの中で遊ぶ。シーンは定番化してしまっているのだが、この一杯ほど毎回楽しませてくれるカクテルは他にない。

バーテンダーが氷を入れたミキシンググラスにウイスキーとスイートベルモット、アロマティックビターズを加えステアをはじめる。ミキシングラスに液体の冷えが伝わっていき、バーテンダーの指先がベストなミックスの状態を感知する。その様は、まだ夜が明けきらないニューヨークはマンハッタン島、摩天楼の谷間の冴えた空気感。未明の冷涼な張りつめた感覚を覚える。

カクテルグラスに赤茶っぽい液体が満たされ、カクテルピンに刺したマラスキーノ・チェリーが沈められると、ひとつの名曲がわたしの身体に響きわたる。それはアメリカが生んだ偉大な作曲家、ジョージ・ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』だ。

自由奔放な狂詩曲である。ひと口含むと、ウイスキーの温かい香味とベルモットのふくよかな甘さがシンクロした味わいの中から巧妙なクラリネットの音色が大都市の目覚めを告げる。それはまだ眠たげな摩天楼の青い朝だ。

いたずらっ子のようなチェリーの甘さを噛みしめ、ふたたび啜ると、曲が高らかに脳天に響き、マンハッタンの一日の躍動がはじまる。ピアノ協奏曲的な流れと、シンフォニックジャズ的な流れが世界都市の血流を伝えてくるのだ。

コミカルさもあり、なんだかこころ躍る。バーテンダーのステアから味わい終わるまでドラマを観る。多分こんな感覚に浸って喜んでいるのはわたしだけだろう。このカクテルを夜明け前とイメージする人も多くはないだろう。

女王の母はジン&イット

英国首相だったあのウィンストン・チャーチルの母が「マンハッタン」を創案したという説が知られている。しかしながらわたしは信じてはいない。

チャーチルの母、ジャネット・ジェローム(通称ジェニー)はアメリカ人。銀行家でアメリカン・ジョッキー・クラブの創立者レナード・ウォールター・ジェロームの娘で、ニューヨーク社交界の花だった。1876年の第19代大統領選のとき、応援候補者のパーティーをマンハッタン・クラブで催し、そこでジェニーが皆にカクテルをふるまった。そのカクテルを「マンハッタン」と命名した、というものだ。

わたしがこの説に懐疑的な理由は、ウイスキーとベルモットのミックスはもう少し前、19世紀半ば過ぎには存在していたのではないか、と思うからだ。

1850年頃、イタリアの酒類メーカーが自社のスイートベルモットの売り上げを伸ばすためにカクテル「Gin & It」をPRした。これがカクテルの女王と呼ばれる「マンハッタン」やカクテルの王「マティーニ」の母といえるだろう。ちなみにItはイタリアの国名のスペル、アタマ2文字のことである。

ベルモットは白ワインにニガヨモギをはじめとしたハーブやスパイス類を浸漬したフレーバードワイン。スイートベルモットはその名の通り甘口で、色は赤い。イタリアンベルモットとも呼ばれる。

一方、それより遅れて誕生したのが辛口のドライベルモットで、これが現在の「マティーニ」に使われる色白のフレンチベルモットとも呼ばれるものだ。

話がややこしいが、わたしがこっちだろうと思っている説を伝えよう。

1846年、メリーランド州。傷ついたガンマンがバーに入ってきた。バーテンダーは気つけとしてライウイスキー、シュガーシロップ、ビターズをミックスして飲ませた。やがてそのレシピがニューヨークに伝わり、シュガーシロップがアメリカに入ったばかりのスイートベルモットに代わり、「ジン&イット」のウイスキー版となる。いつしかニューヨークの中心である島の名で呼ばれるようになったというものだ。


さて、ベースとなるウイスキーだが本来はアメリカンウイスキーのライやバーボンを使うのが正統であろう。ただし、日本のバーテンダーにはカナディアンウイスキーを代表するブランド「カナディアンクラブ」(以下C.C.)を使う人が多い。その理由は定かではない。以下はあくまでわたしの推察である。

原料にライ麦を主体にしたフレーバリングウイスキーとトウモロコシを主原料にしたベースウイスキーをそれぞれ蒸溜後にブレンドし、樽熟成させる「C.C.」は軽やかで華やかな香りとコクを特長としている。1909年(明治42年)には日本に輸入されたという歴史がある。

その昔は「マンハッタン」のベースにする上で、ライのスパイシーさやバーボンのバニラ様は日本人にとってはクセが強過ぎて受け入れ難かったのかもしれない。長く愛され、馴染みがあるライトでスムーズな風味の「C.C.」のほうが扱いやすかったのではなかろうか。あるいは19世紀末から20世紀はじめにかけて「C.C.」がクラブウイスキーとしてアメリカ国内で大人気となるとともに、禁酒法によってアメリカン・ライウイスキーが衰退したことも大きい。そのため戦後のアメリカ進駐軍を通して日本のバーに影響を与えたのかもしれない。

最近わたしは「メーカーズマーク」ベースも気に入っているが、ウイスキーとベルモットのミキシングの妙を最も堪能できるのは「C.C.」だと感じている。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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カナディアンクラブ

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