パンドゥーラという楽器を知ったのはウクライナ出身のシンガーソングライターで、日本で活動をしているナターシャ・グジーの演奏からだった。
美しい女性が、日本語の詩を美しい声と発音で歌い上げている。膝に置き、腕に抱えて演奏している弦楽器からは可憐な旋律が響いていた。その楽器はギターのようなネックと弦がありながら共鳴胴下部がやたらと広い。その広い部分にもハープのように弦がたくさんある。これがウクライナの伝統楽器パンドゥーラだった。
ナターシャ・グジーは1986年、6歳の時にチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故によって被爆した。8歳から音楽学校でパンドゥーラを演奏しはじめ、1996年には被災した少年少女を中心にした民族音楽団の一員として来日して救援コンサートをおこなっている。それが縁で2000年から日本での活動をはじめた。
彼女の歌声と演奏を耳にすると、いつも同じ感慨を覚える。ほんとうの悲しみを知っている者だけにしか奏でることのできない調べではなかろうか。あまりにも優しく、美しく、哀しい。
独特の形状の楽器の存在によって、ウクライナという国について何も知らないことに気づかされた。ニュースで流れる情報の断片を記憶しているだけである。それもチェルノブイリの原発事故や1991年のソビエト連邦崩壊による独立といったものだ。わたしに限らず、ある程度の年齢を重ねた人たちには旧ソ連のイメージのほうが強いのではなかろうか。
ウクライナと聞いてすぐに浮かぶのは、長きにわたりヨーロッパの穀倉地、美女大国、といったものでなんともお恥ずかしい。ミラ・ジョヴォヴィッチ、オルガ・キュリレンコ、ミラ・クニスといった人気女優たちはウクライナ出身である。
最近になって知ったことがある。料理のボルシチはもともとウクライナ料理らしい。ホロヴィッツをはじめとした名ピアニストを輩出している。コサックダンスとかコサック騎兵隊とか、コサックといえばウクライナなのだそうだ。
コサックの発祥は、15世紀後半にウクライナ中南部の草原に登場した軍事的共同体といわれている。国歌「ウクライナは滅びず」は、コサックを祖先とする誇りを示す詩となっている。パンドゥーラの演奏もコサックの民によって盛んになったそうだ。
ちなみに日本語のコサックとは英語にならったもので、ウクライナ語ではコザークと発音するらしい。コザークはクリミア・タタール語に由来しており、自由の民、放浪者、番人、傭兵など意味は多様だという。