先日、「ワード・エイト」(Ward Eight)をはじめて飲んだ。このカクテルはメジャーではないがとても古いカクテルで、1898年にアメリカのマサチューセッツ州ボストンで誕生したとの説がある。
カクテル名は日本でいえば選挙区を表し、第8区のことである。
マーティン・マイケル・ロマズニーという政治家がいた。19世紀末から20世紀はじめにかけて、ボストン政界というかボストン・アイルランド社会のドンであったといわれている。
「ワード・エイト」は、彼が州議会議員に選出されたお祝いにつくられたものだとか、ロマズニーが上院に立候補したときに記念として支持者たちがバーテンダーにつくらせたとか、いろんな説がある。
選挙区はおそらくマサチューセッツ州第8区、もしくはボストン第8区ということなのだろうが、詳しくは調べてはいない。現在では祝いごとの場で飲まれるカクテルのようだ。
ロマズニーという政治家は、ケネディ家がボストンからアメリカ政界へ進出、飛躍するにあたり大きな力となっている。さらにロマズニーは禁酒運動家であり、20世紀に入ってからのアメリカ禁酒法制定に影響力があった人物らしい。それなのに彼に関連するカクテルがある。さすがはドン。一筋縄ではない。
何故このカクテルを飲んだのか。野球大好きの友人が、今年のゴールデンウィークにニューヨーク、ボストンとMLB観戦に出かけ、ボストン・レッドソックスのキャップを土産に買ってきてくれたのがきっかけである。
土産のベースボールキャップを被って散歩していて、ボストンゆかりのカクテルってなんだっけ、とふと思い立ち、家に帰りカクテルブックのページをめくると「ワード・エイト」が目に止まり、これだ、となった。
レシピとしては「ウイスキー・サワー」のアレンジといえる。ライウイスキー、レモンとオレンジのジュース、グレナデンシロップ少量をシェークする。わたしは「ノブクリークライ」をベースにしていただいた。
すっきりとした酸味で、とても口当たりがよい。後口になんだか和のニュアンスがある。懐かしい感覚。どこか温州みかんの味わいに似ているような気がした。このカクテルはまたいつの日か、バーでオーダーすることだろう。
名前は知っていても、飲んだことがないカクテルがたくさんある。バーテンダーにしてみても、多くのカクテルブックに掲載されてはいるけれど、つくったことがない、っていうものがたくさんあるはずだ。そういうマイナーカクテルは何かのきっかけがないかぎり、一生飲むことはない。
レッドソックスのキャップがきっかけで「ワード・エイト」を飲み、調子に乗ってしまったわたしはお初ものに挑むことにした。
次の挑戦は帽子つながりでカウボーイハットが思い浮かび、カクテル「カウボーイ」を試してみた。
バーボンウイスキーと生クリームをシェークするシンプルなレシピに、カクテル名も直球勝負である。というよりも、おやじギャグっぽくて笑っちゃうくらい。そのせいか、いままでまったく飲む気が起こらなかったカクテルである。
これはクセになっちゃう人がいるかもしれない。生クリームとうまく調和するのはマイルドながらコクがある「オールドグランダッド80」あたりではないかと思い、試してみた。やはり、生クリームの柔らかさから、ムクムクと湧き上がるようなバーボンのパワーが感じられる。
口にしながら嫌な奴になってしまった。カウボーイって、もっとハードで、土臭いんじゃないか。このレシピはCowboyというより、忙しいDairy Farmer(酪農家)の休息って感じではなかろうか、とネーミングにケチをつけたのだった。「オールドグランダッド」と生クリームの相性はとてもいい。
さらにもう一杯、未知の味わいに挑んでみた。
帽子つながりできたものだから、ファッションに精通している親しい20代の女性に、アメリカを感じさせる帽子ってなに、と聞いてみた。彼女はベースボールキャップじゃないの、わかんないよ、と素っ気ない。それでも、アメリカ発祥の帽子ではないと思うけれど、カリフォルニアあたりのストリート系ファッションでバケットハットを被ったりするよ、と面倒くさそうに答えてくれた。
このときにはすでに、バケットハットなんていうのはわたしにとってはどうでもよくて、アメリカつながりでカリフォルニアって地名が出てきただけで十分だった。
カクテルブックを探ると、あった、あった、飲んだことのないカクテルが。しかもバーボンベースだから統一感がある。その名は「カリフォルニア・レモネード」。レシピを見ると、「ワード・エイト」をアレンジしたハイボール・タイプである。
バーボン、レモンとライムのジュース、グレナデンシロップにシュガーシロップをシェーク。それをソーダ水で割る。味わいは甘酸っぱくて涼やか。まさにカリフォルニアって感じで、スーッと口中を駆け抜ける。清涼飲料みたいで、バーボンベースであることを忘れてしまう。ちと、やばい。気をつけなくてはいけない。
なんて言いながら、未知のカクテルで楽しく遊ぶことができた。数え切れないほどのレシピがあるんだから、まだまだたくさん味わうことができ、遊べるってことである。カクテルの世界はとても楽しい無限の宇宙なんだ。