時の流れやその勢いに取り残されていくものがある。やがて古くさい、時代遅れ、と相手にされなくなる。でも、懐かしさに満たされる古き良き時代のもの、先進性はなくても誰もが愛着を抱いて手放せないものがある。
わたしにとっては3本持っている万年筆がそうだ。3本それぞれに追憶があり、また万年筆という古典的なネーミングがとてもいい。かつては少年少女に1本プレゼントするということは、大人の扱いの証でもあった。
冬の懐かしい思い出に家庭暖房の定番、炬燵(こたつ)がある。生産量がいまではグーンと落ちてしまったという。それでも炬燵派という方がまだまだいらっしゃるそうだ。
わたしが子供の頃、炬燵は天国だった。いまのヤングにこんな話をしてもわからないだろうな。あの布団をかぶった四角い領域が心地よ過ぎて、自分の部屋で過ごす時間はとても短かった。学校から帰っておやつを食べるときも半身は炬燵の中だった。
手の届く範囲になんでもかんでも置く。ぬくぬくと寝そべって漫画を読み、宿題もし、ゴロッチャゴロッチャしながら少年少女文学全集の1冊に目を通しているうちに眠ってしまい、母親から何度も叱りの言葉を浴びてやっと目を開ける。外はもう夕闇で、晩ご飯はなんだろう、とぼんやりと思う。
なんと幸せな時間だったことか。中学生になってからだろうか、炬燵時間を満喫しなくなった。ゴロッチャから卒業したのは、思春期を迎え、母親を遠ざけ、自分の部屋に籠るようになったからだろう。
最近気に入っているカクテルのひとつに「オールドファッションド」がある。この時代遅れという名の一杯を飲むたびに万年筆と炬燵時間を思い出す。
「オールドファッションド」の誕生説はいろいろあるようだが、そのひとつに19世紀半ば過ぎ、バーボンウイスキーの里ケンタッキー州ルイビル説がある。ペンデニス・クラブのバーテンダーが競馬ファンの客のためにつくったらしい。
オールドファッションドグラスとも呼ばれる(現在のタンブラーの原形とされる古いタイプであるため)ロックグラスに角砂糖を入れ、ビターズを振りかけてしみ込ませる。次に氷をグラスに入れ、ライウイスキーもしくはバーボンウイスキーを注ぎ入れる。そしてスライスしたオレンジ、レモン、ライムなどを好みで飾り、マドラーを添える。
古くからイギリスで飲まれていたスコッチウイスキーに砂糖を加えて水または熱湯で割る「ウイスキー・トディー(toddy)」のレシピに似ていることから懐古の意味を込めて、時代遅れという名がついたとも言われているが、よくはわからない。