行ってみたい島のひとつにマデイラ諸島の主島、マデイラ島がある。地図で探すのは簡単で、モロッコのカサブランカから真西へ大西洋に目を移せばすぐに見つかる。ポルトガル領で、リスボンから西南に約1000キロ離れた距離に位置する。日本でいえば東京・竹芝桟橋から小笠原諸島の父島くらい離れている。島の大きさは奄美大島くらいだそうだ。
ポルトガル語のマデイラとは“木”を言う。亜熱帯気候で年間平均気温は20度前後。温かな気候で木々に覆われ、緑豊か。年中花が咲き誇り、果実に恵まれている。そして青い海がある。その美しい景観から“大西洋の真珠”と謳われ、観光客で常ににぎわっているらしい。
わたしは真珠という表現より、もうひとつのキャッチフレーズ“花かごの島”のほうが可愛らしくて親近感が湧く。極楽鳥花をはじめ、熱帯の花々が目を楽しませてくれる島だそうだ。
ここは素晴らしい酒を産む地として名高い。マデイラワインはスペイン・アンダルシア地方のシェリー、ポルトガル北部ドウロ川沿いのポートワインとともに世界3大酒精強化ワイン(フォーティファイドワイン/fortified wine/イタリア・シチリアのマルサラワインを加えて4大酒精強化ワインとも)として有名だ。
マデイラワインはワインをつくる発酵過程で酒精(アルコール)を添加してアルコール度数を高めたもの。ぶどうからつくるのでワインという名を付けているけれど醸造酒の仲間ではなく、混成酒に分類される。
酵母の働き、糖の分解を巧く利用した酒である。酵母が糖を食べている発酵途中で、ぶどうを蒸溜した高アルコールのスピリッツを加えると酵母の働きが止まり甘口(糖分が多く残るため)に仕上がる。また酵母が十分に働いて糖が分解された発酵後にそのスピリッツを加えると辛口に仕上がる。どのタイミングでアルコールを添加するかによって甘辛の程度に差が生じるから面白い。
そしてこの後にエストファージュと呼ばれる、50度以下での3ヵ月以上の加熱処理がおこなわれる。
湯が循環するパイプを通した加熱容器でおこなう場合は、加熱処理後にさらに最低でも90日間室温(常温)の状態で寝かせる。もうひとつ温度が高い倉庫の上階にあるカンテイロと呼ばれる角材の上に樽を置いて2年以上自然加熱する方法がある。カンテイロは強さのある複雑な香りに仕上がり、製品化されるのも3年以上経ってからのようだ。
なぜこんな酒が生まれたのか。気温が高くて管理が難しいぶどう栽培地域のため、酸化や腐敗を防ぐのに適している。この保存性の高さは、大昔の海上輸送に適していた。
マデイラで加熱処理が生まれたのは17世紀という説がある。イギリスとインドを航海する船に積まれていたマデイラワインが、赤道を通過することによって暑さから独特の風味が生まれたから試すようになったという。
酒精強化をはじめたのは18世紀中頃ではないかとされている。だがいろいろいわれていてよくわからない。品質安定のためにシェリーやポートワインの製法を取り入れたとの説もある。
理由はどうあれ、風味はとてもセクシーだ。島のトロピカルな感覚、百花繚乱の風土の濃密さが香りにも味わいにも感じ取れる。今回はその名酒のなかのひとつ、「イーストインディア マデイラ」の3製品を紹介しよう。
“ファイン ドライ”は3年貯蔵で淡い琥珀色をしている。ドライフルーツやカラメル様の甘酸のバランスのとれた香りと心地よいソフトな飲み口を特長としている。食前酒といわれるが、わたしはいつ飲んでもいいと思う。
“ファイン リッチ”も3年貯蔵だが、色は深い琥珀色。コーヒーやカラメルを焼いたような特長的な香りがあり、余韻が長い。デザートワイン的なすすめ方をされている。でもいつ飲んでも美味しい。
“10年”も深い琥珀色で、こちらはやはり熟成感があり、スパイシーな香りも感じられる。味わいはリッチな甘みながらキレのよさもあって、クセになる。
すべて生(き)で飲んだ方がいいのだが、ソースやケーキの隠し味にも重宝だ。でも、わたしはあえてカクテルに挑戦する。
“ファイン ドライ”はレモンジュースとジンジャーエールのバックスタイルで味わう。りんごのような味わいの酸味がとても心地よい。簡単だから是非にとおすすめする。
“ファイン リッチ”のほうは、ホット・カクテル。仲良しのバーテンダーが教えてくれたフルーツやスパイスを漬け込んだフルーツパンチ的な飲み方を特別大サービスで紹介しよう。レシピをご覧いただきたいのだが、コニャックを使用する。“ファイン リッチ”の香味にブランデーの強さが加わり、よりフルーツの味わいを引き出す。好みでブランデーをドランブイやシャルトリューズといったリキュールに変えてもなかなかに味わい深いそうだ。
このカクテル名は、ホット・カクテルのフルーティーな濃密さからわたしが勝手にポルトガル語で「ポマール・ケンチ」(温かな果樹園)とした。果樹園はpomar、温かいはquenteである。
最後に“10年”。こちらはカクテルにはしないで、常温ストレートで味わうほうがいい。ゆったりと。できるなら恋人と甘美な世界に溶けていくのがいい。