ハーブ系リキュールとして名高い「シャルトリューズ」の製造管理をしているのはグランド・シャルトリューズ修道院である。ここはカトリック教会のなかでも最も戒律の厳しいカルトジオ会本部の男子修道院として伝説的であり、秘密のベールに包まれている。
ドキュメンタリー映画『大いなる沈黙へ―グランド・シャルトリューズ修道院』(東京・岩波ホールにて2014年7月12日より8月22日までロードショー)は、その内部と修道士たちの日々の全貌をはじめて世界に明らかにした作品だ。ヨーロッパで2005年に公開されるや大きな反響を呼び、多数の映画賞を受賞している。日本公開には9年という年月を要した。
フランスはグルノーブルとシャンベリーの間、スイス、イタリアの国境に近いアルプス山脈のひとつの谷にシャルトリューズ修道院は建つ。標高およそ1000メートル。現代においても、とにかく奥地であるにもかかわらず、はじまりは1084年。なんと11世紀に隠棲を旨とする修道士たちがこの地を選んだことは驚愕のなにものでもない。
映画は2時間49分。長い。ところがナレーションや音楽はいっさいない。これは修道院側の要請であったという。
木々のざわめき、風雪といった自然界の音と、修道士たちの生活の音や礼拝の聖歌が流れてくるだけだ。戒律において修道士間の会話は極力控えることになっているので、沈黙、孤独の領域を維持する生活ぶりをひたすら描きつづけている。
唯一、会話が弾むのは日曜日の約4時間。修道士たちの多くは修道院の外へと出て行き、ウォーキングをする。自らを解放し、他者と会話し、リラックスする彼らの姿はとても印象的だ。
それ以外の日常はアドレナリンを放出しつづけ、集中力を維持しつづける。1日7回の独房での祈り、朝夕のミサに加え、修道士それぞれが洗濯、テーラー、料理、庭仕事をはじめとした労働や修道会のための雑務をおこなう。まったく自給自足である。ひと晩中眠りつづけることはなく、3時間眠り、3時間祈り、また3時間眠るといった具合だ。
こうしたなかで名高いリキュール「シャルトリューズ」は生まれている。この連載第1回を飾ったリキュールであり、詳細はそちらをお読みいただきたいのだが、わたしは映画試写会のあと、「シャルトリューズ」のレシピが門外不出であり、ふたりの修道士のみが生産管理をつづけていることに納得した。他にレシピを知っているのはおそらく院長のみであろう。多くの歴史的、政治的苦難と戦いながらもレシピを守りつづけることができたのは、俗世間からまったく隔絶され、厳しい戒律があるからこそといえる。