何度も観たという映画が、誰にもいくつかあるだろう。『ローマの休日』は、わたしにとってそのひとつ。ただしストーリーよりも、オードリー・ヘプバーンの愛くるしい演技だけを見つめている。
ヘプバーン登場の映画をはじめて観たのは『緑の館』だったと思う。小学校3年生か4年生くらいではなかったろうか。「さよなら、さよなら」で名高い淀川長治が解説をしていた、テレビの日曜洋画劇場だったはずだ。
マセガキだったので、たちまちヘプバーンに恋をした。この人と結婚すると決めた。しばらくして観たのが『ローマの休日』だった。テレビではなかったような気がする。でも名画座といった映画館の記憶もない。どこで観たのか思いだせないのだが、なんといっても真っ白いシャツと、キュッと締ったというか細すぎるほどのウエストが鮮烈だった。やっぱり自分にはこの人しかいない、と胸が高鳴り、王女としての白いドレス姿に気絶しそうになった。
『ティファニーで朝食を』のジバンシーの黒いドレス姿にもまいった。黒いサングラスに真珠のネックレスもいい。“美”のひと言である。いろいろな主演映画を観たのだが、子供の頃に虜になった白と黒の印象が強過ぎて、ヘプバーンにはモノトーンの女性のイメージがわたしにはある。
大人になってバーに行くようになり、「ホワイト・レディ」というカクテルを知った。カウンター席に着いて、数席離れた女性客からこのカクテルをオーダーする声が聞こえたとき、すぐにヘプバーンの白い姿がアタマに浮かんだ。
バーテンダーがシェークしてグラスに注ぐと、とてもとても美しく清楚な白が登場して小学生の時と同じように胸が高鳴った。なんの知識もなかったから、ヘプバーンをイメージしてつくられたカクテルだと勝手に思い込んでしまった。味わいが気になりながらも、きっと女性向けなんだろう、男が飲んだら恥ずかしいに違いない、としばらくは飲むのをためらっていた。
ところが、ある夜、隣の席のオジさんが「ホワイト・レディをちょうだい」と発した。ええ、あなたが、ほんとに飲むのかい、と驚いたのなんの。バーテンダーは当たり前のように「ハイ」と応えて、「お得意の熱燗でお食事をされましたね」と言うではないか。お口直しかよ、なんだよぉ、である。男も飲んでいいのか、と安堵しつつも、自分の中のザ・ホワイト・レディ、オードリー・ヘプバーンが汚されたような気分に陥ったのだった。
なんとも幼稚なボクちゃんであり、ヤングだったのである。