Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ビーフィーター

ビーフィーター
47度
2/4
ホワイトキュラソー 1/4
レモンジュース 1/4
シェーク/カクテルグラス

モノトーンの美

何度も観たという映画が、誰にもいくつかあるだろう。『ローマの休日』は、わたしにとってそのひとつ。ただしストーリーよりも、オードリー・ヘプバーンの愛くるしい演技だけを見つめている。

ヘプバーン登場の映画をはじめて観たのは『緑の館』だったと思う。小学校3年生か4年生くらいではなかったろうか。「さよなら、さよなら」で名高い淀川長治が解説をしていた、テレビの日曜洋画劇場だったはずだ。

マセガキだったので、たちまちヘプバーンに恋をした。この人と結婚すると決めた。しばらくして観たのが『ローマの休日』だった。テレビではなかったような気がする。でも名画座といった映画館の記憶もない。どこで観たのか思いだせないのだが、なんといっても真っ白いシャツと、キュッと締ったというか細すぎるほどのウエストが鮮烈だった。やっぱり自分にはこの人しかいない、と胸が高鳴り、王女としての白いドレス姿に気絶しそうになった。

『ティファニーで朝食を』のジバンシーの黒いドレス姿にもまいった。黒いサングラスに真珠のネックレスもいい。“美”のひと言である。いろいろな主演映画を観たのだが、子供の頃に虜になった白と黒の印象が強過ぎて、ヘプバーンにはモノトーンの女性のイメージがわたしにはある。


大人になってバーに行くようになり、「ホワイト・レディ」というカクテルを知った。カウンター席に着いて、数席離れた女性客からこのカクテルをオーダーする声が聞こえたとき、すぐにヘプバーンの白い姿がアタマに浮かんだ。

バーテンダーがシェークしてグラスに注ぐと、とてもとても美しく清楚な白が登場して小学生の時と同じように胸が高鳴った。なんの知識もなかったから、ヘプバーンをイメージしてつくられたカクテルだと勝手に思い込んでしまった。味わいが気になりながらも、きっと女性向けなんだろう、男が飲んだら恥ずかしいに違いない、としばらくは飲むのをためらっていた。

ところが、ある夜、隣の席のオジさんが「ホワイト・レディをちょうだい」と発した。ええ、あなたが、ほんとに飲むのかい、と驚いたのなんの。バーテンダーは当たり前のように「ハイ」と応えて、「お得意の熱燗でお食事をされましたね」と言うではないか。お口直しかよ、なんだよぉ、である。男も飲んでいいのか、と安堵しつつも、自分の中のザ・ホワイト・レディ、オードリー・ヘプバーンが汚されたような気分に陥ったのだった。

なんとも幼稚なボクちゃんであり、ヤングだったのである。

川面に映る月

それからしばらくして、バーで恐る恐る「ホワイト・レディ」をオーダーしてみた。おおっ、とこころのなかで叫んでしまった。思いのほか、美味い。これは男が飲んでもいい。いや、性別は関係ない。「ギムレット」を好きになりはじめた頃だったので、同じジンベースとして、とても新鮮なこころもちになれた。

スーッと風のようにヘプバーンの歌声で『ムーン・リバー』がそよいだ。彼女が『ティファニーで朝食を』の中でギターを弾きながら歌ったシーンがよみがえってくる。決して上手とはいえない弾き語りではあるが、とても自然な素の姿があった。「ホワイト・レディ」のカクテル名に加え、「ジン・サイドカー」とも呼ばれるジンに溶け込んだすっきりとした柑橘系の風味が、彼女の歌声を耳の奥底に響かせたのだろう。

しかしながら、これまで愛飲することはなかった。飲んではいけないような気がするのだ。ヘプバーンのイメージが勝手に膨らみ過ぎて、観るカクテルとなった。カウンター席で誰かが飲む、そのグラスに佇む白い貴婦人のスタイリングを眺めるだけでわたしは満足する。

最近、随分と久しぶりに「ホワイト・レディ」を飲んでみた。やはり美味しい。気高く洗練を極めたジン、「ビーフィーター」のシトラスな清涼感とホワイトキュラソー(オレンジリキュール)、そしてレモンジュースが生むハーモニーは美しく、すっきりと冴えた感覚があることをあらためて実感する。

仲良しのバーテンダーに「美味しいね」と告げると、当たり前でしょ、いまさら何を言っているんだ、みたいな顔をされた。ヘプバーンへの思いから、観るカクテルだ、なんてことを彼には言えない。どこにそんな純なこころがあるんだと、突っ込まれそうな気がする。

ハードシェークによる副産物である氷のチップが液面に浮いた様に、また『ムーン・リバー』の曲がよみがえってくる。

作詞ジョニー・マーサー、作曲ヘンリー・マンシーニ。ジョニー・マーサーは故郷ジョージア州の実家近くを流れる川、その揺れる水面に映る月の光とヘプバーンのイメージを重ね合わせて詩を書いたそうだ。

グラスを俯瞰すると、クレーターまではっきりとわかる、まんまるな月といえなくもない。カクテルと曲が見事にリンクする、とまで語ってしまうのはわたしの想いが強過ぎるからなのだろう。

こころのなかで、オードリー・ヘプバーンは永遠に生きつづける。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 川田雅宏
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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