欧米の人たちは病気で臥せっている訳でもないのに、ベッド上でよく飲食をする。映画のシーンで観た経験は一度や二度ではない。
フランスの男たちは休みの日なんぞ、最愛の妻のために朝食を用意することが多いらしい。花を一輪用意したりもする。女たちはベッドから出ないで朝ご飯を食べられることに幸せを感じるという。イギリス人もそうらしい。昔の貴族階級が執事やメイドにやってもらっていた習慣が元になっているという。
わたしは日本人。目覚めたらまずトイレにいって、そんで洗面をすませてから食事したほうがさっぱり爽快な朝になるんじゃないかと思う。第一、布団が汚れちゃうじゃん、である。アメリカ映画なんかではスニーカーも脱がないでベッドに足を伸ばし、スナック菓子の袋に手を突っ込んでいるお行儀の悪いシーンがあったりする。
フランス人は夜もベッドで食べると聞く。寝床で読書、あるいはテレビを観たりしながらチーズやクッキーをつまむらしい。子供たちもチョコレートやクッキー。寝る前の歯磨きはどうしているのだろうか、と他人事ながら気になる。
さて、安らかな睡眠に導く“寝酒”だが、わたしは床に就く前に飲むことが上手ではない。ナイトキャップという、ほどよい量に落ち着かない。小さなショットグラスでウイスキーを飲みはじめると、ボーっとしたまま3杯は空けてしまい、もうちょっといいかな、とやたらと長くなる。
この場合、寝床に就いてすぐに眠れたとしても、2時間ほどで目が覚める。かなりの熟睡感はあるのだが、あんまり時間が経っていないことに愕然としながら水をガブガブと飲む。そして再び寝床に就くのだが、なかなか眠れないので悶々とするのだ。年齢を重ねてもナイトキャップとなる適正飲酒というものができない駄目人間なので、わたしは寝酒というものをしなくなった。
いま、深夜であってもすぐに眠れない、眠りが浅い、といった状態に陥る年齢を迎えてしまった。翌朝、目覚めても疲労感を抱えたままだったりする。すすめられて枕を変えたりもしたが、あんまり効果がない。
同世代の友人たちにこの話をしたら、多くが同じような境遇にあった。みんないろいろと試している。でも、これだという解決法はないようだ。確実に老いに向かっている。逆らってもしょうがない。
しばらくぶりにバーで「ビトウィーン・ザ・シーツ」を飲んだ。昔から日本のカクテルブックにはこのカクテル名は“ベッドに入って”という意味だと書かれていて、わたしのような文章を書く人たちが、それをセクシーな感覚で捉えたりしてきた。女性と一緒に飲んでいる時にオーダーするときは気をつけて、なんて書いてあったりもした。味わいは、夜の恋物語にふさわしい気もするが、このカクテル名を意識しながら女性を口説く男はいないだろう。
これまでわたしは淫靡な感覚で捉えることがなかった。世界セクシー部長選手権なんてのがあったとしたら、地区代表くらいにはなれるわたしなのに、男女の仲のほうに思考は向かなかった。ベッドで食べたり飲んだりする欧米人の姿が浮かんでしまい、彼らが考え出しそうなネーミングだな、で完結している。
それとネーミングをまともに捉えて語るのは野暮だが、こんなシェークをしてつくるカクテルはベッドに入っては飲めない。一体、誰がつくってくれるというのか。ベッド脇でシェーカーを振られても、困るよね。
「サイドカー」の材料にホワイトラムをプラスしたのが「ビトウィーン・ザ・シーツ」。もしバーで「ビトウィーン・ザ・シーツ」を味わったら、「サイドカー」とベースのブランデーをラムに変えたすっきりとした味わいの「X.Y.Z.」もお試しいただきたい。
行きつけの気心の知れた店のバーテンダーであるならば、「ビトウィーン・ザ・シーツ」のレシピをアレンジしてもらうといい。ブランデー、ラム、ホワイトキュラソー(オレンジリキュール)、レモンジュースをすべて同量、1/4ずつのお願いをしてみよう。ちょっと説明がわかりにくいかもしれないが、こうすると、ブランデーとラムのスピリッツ配合比が2/4となり、「サイドカー」のブランデーや「X.Y.Z」のラムの配合比と同様になる。
口にするとすべて1/4ずつの「ビトウィーン・ザ・シーツ」は本来のレシピよりもキレがあり、洗練された味わいに感じられる。なによりも「サイドカー」と「X.Y.Z.」、このふたつの中間の味わいに「ビトウィーン・ザ・シーツ」が位置していることがよくわかるだろう。
ベースの違いによる味わいの変化や配合比など、カクテルの世界の面白味を垣間見ることができる。バーテンダーが客の好みに合わせた味わいに即興で対応できるのは、こうした配合比を熟知しているからでもある。
余談ではあるが、ジンベースの「ホワイト・レディ」も「サイドカー」や「X.Y.Z.」と同様の配合比である。ベースが変わるだけでまったく別の表情になる。